ストレスを感じる理由【Ⅱ列王記5:13】

2024年

そのとき、彼のしもべたちが近づいて彼に言った。「わが父よ。あの預言者が、もしも、むずかしいことをあなたに命じたとしたら、あなたはきっとそれをなさったのではありませんか。ただ、彼はあなたに『身を洗って、きよくなりなさい』と言っただけではありませんか。」

Ⅱ列王記5:13

聖書を読んでいて、ふと思ったのですが、

私たちがストレスを感じる理由…です。

ナアマン将軍の話。

ナアマン将軍は地位もあり名誉もあった方。

そして小さい者の声にも耳を傾ける事が出来る人格。

部下に慕われていたというのが、

本当に「良い人」だったんだと分かります。

聖書を見ると、主は私たちに神にだけ喜ばれる人ではなく

「人にも認められる」という事も大切にされています。

その観点から見たら、

ナアマン将軍は、人にも認められていた人物だと思うのです。

しかし、ナアマン将軍は、エリシャの言動に対して

「怒って去り、帰路に着いた」のです。

理由は、自分が思っていた対応ではなかったから。

エリシャは「良くいらっしゃいました」と挨拶してくれると思ったのではないでしょうか。

そして主の名を呼び、自分の体に手を置き、癒しを行なうものだと考えたのです。

しかも、大して綺麗な川ではない所で、1人で身体を洗う??

想像と違ったのです。

私の頭の中にもあると思います。

当然、こうなるだろう。

こうするのが当たり前。

常識的に考えて…

礼儀がなっていない…

普通の人なら…こう感じるはず。

このような自分が築いた基準。

ナアマン将軍にも、彼自身が生きて来た中で基準を作ったのです。

そしてその基準に満たない対応に、心底腹を立て、

ダマスコからサマリヤまで、150~200キロほどだと思います。

その道のりを贈り物を持ち、馬に乗っても数日かかるはずです。

しかし、品格や人格があるナアマン将軍でも、

彼の基準を下回ると…怒りを表すのです。

自分を軽く見た。自分に対する対応がなっていない。

無視されたように感じたんだと思います。

これは、プライドが傷ついたかもしれません。

何にしろ、受け入れがたいストレスです。

ナアマン将軍にとっては、ストレスの時でありストレスの場所。

しかし、部下の助言があり、思い直したのです。

そして、見事に癒しを受けたのです。

つい先ほどまでは、

自分の置かれた環境はストレスマックスだったと思います。

しかし、同じ環境にいても、そこは「神の国」のように変わったのです。

エリシャが「大変失礼な言動を致しました。お詫び申し上げます」と言った訳ではない。

エリシャの対応は変わっていないのです。

変わったのは、ナアマン将軍の心です。

従ってみよう…という心。

現状は、目に見えるままが現状ではないのです。

現状は、(良く分からないけれど)従おうという心で変わるのです。

という事は、

自分で現状を変えれるのです。

ストレスを感じた時。

生きるのが辛く感じた時。

ダニエルも、ライオンの洞窟に投げ込まれるという現実。

誰が考えても、嚙み殺されるだろう…と察しがつきます。

現状は最悪。現状は地獄です。

しかし、ダニエルは、怯えながら、震えながら、助けてくれ!

と叫びながら洞窟に入ったのでしょうか?

記録はありませんが、そうではないと思います。

ダニエルの信仰が、最悪な状態を最高の状態へ現状を変えたのです。

地獄の状態を天国の状態にしたのです。

ダニエルは決められた時間、洞窟で過ごしました。

しかし、恐怖の時間は、恵みの時間へと変えられたのです。

現状は「私たちの解釈」で決まるんだと思います。

ナアマン将軍は、部下のアドバイス(今日の御言葉)

この言葉に、自分の我や性質について悟ったと思います。

私たちは、目に見える現状に対して、

視点を変えないといけないのかもしれません。

自分の解釈一つで、

現実は、目に写る現実とは違う現実になるのです。

ナアマン将軍が心を変えず、帰路に着いたら…

病はナアマン将軍から去ることはなく、

心もストレスを持ったままだと思います。

それがナアマン将軍の現実となったはずです。

現実は変えれるのです…

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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