心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。
箴言3:5
1カ月程前に、仕事に行く道中、カルガモの親子を見かけました。
5月なのに、アスファルトの照り返しまで気になるほどの暑さ。
そんな日に、思いもしないカルガモ親子の引越しに出くわしたのです。
私は「あの池から来たんだろうな」
「こんなに暑いのに…親子の足は大丈夫だろうか」
「この近くに水辺はないよ!」と思ったのです。
私は、どこに池があり川があるのか知っています。
私はカルガモママより、長くこの地に暮らしています。
心の中で「引越しは難しいと思う…」と思いつつ
親子を見送ったのです。
それからというもの、その場所を通るたびに
あのカルガモ親子は無事に引越せたのだろうか…
と思い出していました。
そして、その親子がいてたであろう池を覗くと
やはり子育てには良い環境とは言えない状態…。
そんな事を考えながら過ごしていたのですが、
この1カ月で何度も驚くことがありました。
それは「あ!…ここに川、あったよね…」と何度も気が付きました。
あの時は「この近くには川はない…たどり着えそうな池はずっと遠くしかない…」
と思っていました。
ところがその後、
自転車でスーパーに行ったり、銀行に行ったり、
いつもよく行く道を通っても
「あ…ここにも水が流れてた」
「ここにも水路が通ってる」
「この川はどこに繋がってるんだろう…あそこ??」
あの時、とっさに思い出せなかった水路に気がついたり、
時には、まったく知らなかった水路まで目に留まったのです。
「…私はあの時、私は何処に川があるか知っている」と思いました。
だって、ここは私の地元なのです。
このカルガモママより、私は町を把握してると思ったのです。
だから「引越しは難しい…」と感じたのです。
しかし、この1カ月で私の目に入った水路は多い…‼
…どこか…私の信仰を可視化したみたい…
「主よ、もう…どうすることも出来ません」
「方法は、これしかないですよね?」
「他に方法がありますか?」
「もう…打開策がない…💦」
日差しの暑い日に、カルガモ親子を目にして
私は、急いで頭の中で打開策を考えたのです。
「川は、水辺は…どこにある?」
そして私は「自分は知ってる」と思い試行錯誤したのです。
その結果「妥当な所はない」と思いました。
しかし、月日が経ち、
少し問題から離れてみると
色々な水路、用水路などが目につきました。
おまけに、
先日はこのカルガモ親子と出会った場所から
一番近くにあった水路で、
カルガモ夫婦をみかけたのです。
私はこの夫婦を見ながら
主が私にメッセージを届けてくれたように感じました。
自分の悟りに頼るな…
直ぐに自分で結論付けるな…
私はあなたの想像を遥かに超えていると、
何度私はあなたに語ればいいんだろう…
問題の渦中にいる時は、
頭をフル回転させず、私を見上げなさい…
私には解決の道が溢れてる…
あなたがこの1カ月でいくつの水路を見つけた?
いつになったら、あなたは私を信頼してくれるんだろう…
自分の信仰を悔い改め、
新しい気持ちで主を見上げていこう‼
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)
