信仰って何だろう・・【ルカ1:38】

2023年

マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

ルカ1:38

信仰生活を送りながら、「私は本当に信仰できているんだろうか・・」と自問する事ないですか。

同じ教会の人を見て、自分より信仰が立派に見え、何となく気落ちしたり、

聖書に出てくる人物を見ながら、自分にはこのような素晴らしい信仰がない・・とため息が出たり・・

信仰とは、何でしょうか・・

1つ分かっている事は、「確信したから」信じれるのではないと思います。

私たちが神の子とされた時、強く確信を得て、信仰に至った方は少ないと思います。

多くの人は、「何とも言えない、信じたい・・と言う思いが生じて」心が動かされて、信仰を持ち始める事が多いと思います。

クリスチャンとなり、その後の信仰も同じだと思います。

イエスさまのお母さん、マリアも同じです。

マリアは選ばれた女性であり、全世界の多くの女性に羨ましがられる人物かもしれません。

ある日突然、御使いのガブリエルが現われ、「あなたはみごもって、男の子を産みます」と言われたのです。

マリアは未婚の状態で、子どもが宿る事を承諾したのです。

婚約者のヨセフに相談をせず、一人で決めたのです。

マリアの生きていた時代は現代とは違います。未婚で身ごもる事は、「石打ちの刑」に当たる事柄なのです。

未婚の状態で身ごもる・・この時、マリアは13-14歳だったと言われています。

天使の御告げは、「喜び」より「戸惑い」だったのではないでしょうか。

これからの長い人生にどの様な影響を及ぼすか、人間的に見て不安はなかったのでしょうか。

まずヨセフとの結婚を前に、大きな問題が生じたのです。

ヨセフとの結婚が無くなる可能性も考えられますし、社会的に排除される可能性も感じたハズです。

プラス的よりマイナス的な将来が頭を過ぎり、不安になってもおかしくありません。

将来の保証がなく、マリアは「あなたのお言葉通り、この身になりますように。」と承諾したのです。

マリアには、「確信」も「納得」もなく、「選択」だけしたのです。

聖書の中に出てくる人物・・

アブラハムも「あなたの子孫はあの星の数ほどにもなる」と言われていたのに、やっと与えられたイサクを捧げなさいって・・「疑問」しかない示しだったのです。

ノアの箱舟・・約 132m、幅が 22m、高さは 13m、巨大すぎる舟。これも、主に示された時、「作るという選択」をしたのです。

モーセが任されたイスラエルの民の救出。本当に一つ一つが先が見えない主の導きに従っていく「選択人生」でした。

主の導き、信仰は、私たちが「確信」したり「納得」出来る物ではないと思います。

先が見えない、反対に納得できない、理解が出来ない・・事柄を示される事が多く、それに対して私たちが「選択」するのです。

ゴールまでの道筋が見えた上で、分かったうえでの「選択」ではなく、始めの第一歩しか教えてもらえないのです。

信仰とは、日々「主を選択する事」を繰り返していく事です。

「選択」する為に、必要な事があります。

自分の思いだけの「選択」するのであったとしたら、それは凄く負担です。身を削るような思いで決めないといけません。場合によっては、怖さを伴います。

「もしこれが自分の勘違いだったらどうしよう」「今感じる主の示しが、主から来るものではなかったらどうしよう」

色々な不安が押し寄せてきます。

主は、私たちが良い方を「選択」出来るように、思い(信仰)を与えてくれるのです。

私たちが、主を信じた時のように「何とも言えない、信じたい・・と言う思い」が生じたように。

このような思いが与えられて、初めて平安な心で「選択」し、主に従えるのです。

自力ではないのです。

しかし、この「主が与えて下さる思い」・・・

これは、私たちの心が頑なな状態では、得る事ができません。

「絶対に、イエスキリストを信じない!」と思っている状態で、主を受け入れられないのと同じで、強い欲、強い願望を握りしめている状態では、主は働かれないと思います。

主に示されたら従いたい・・主の御心通り歩みたい・・という柔和な思いを持つ状態で、主は働かれるのです。

マリアの心にも、主が働かれたのです。

主が働かれたので、それを受け止めようとする信仰の思いがマリアに与えられたのです。

主を信じる信仰、主に従う信仰・・・「納得」「理解」「確信」したから・・ではない事が多いのです。

私たちがまず出来る事は、「柔和な心」を持つ事です。

主に従った人生を歩みたい。

主の語りかけに従いたい。

主を選択したい。

という思いと願いを持って、それを主に日々祈ることです。

今日も、主に自分の心を明け渡し、主と共に歩む一日をお過ごしください!

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