主を求めよ。お会いできる間に、近くおられるうちに、呼び求めよ。
悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。
イザヤ55:6-7
働いている病院に行く度に、考えさせられる事が多いです。
一番感じるのは「人間には与えられた時間がある(決まっている)という事」
私は、週に2回しか出勤しないので、患者さんが回復するのも悪化するのも違いを感じます。
あっという間に弱っていく姿。
急変して亡くなる姿。
本当に時間は流れていて、まだ目の前の人は主に出会っていないだろうに… でも時間を取り戻す事が出来ないという怖さを感じます。
今日の御言葉にあるように、
「主を求めよ。お会いできる間に、近くおられるうちに、呼び求めよ・・・私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」
「後で祈ろう!」ではなく… 今、主に祈る。
「今晩、寝る前に悔い改めよう…」と思っていても、今晩まで時間が残っているかどうか分かりません。
「この人に主を伝えたい」と思っても、次また会えるかどうか分からないのです。
もちろん、祈って準備をし、伝えるという事も大切ですが、
次は…ない。という事も大いにあるのです。
病院には、年配の人が多く入院されており、トイレへの回数が多い人がいます。ナースコールで呼ばれ、車いすに乗せてあげて専用のトイレに連れて行く。終わるとコールが鳴り、迎えに行きベッドまで。
ナースさんは忙しいので、この様な方たちには私が積極的に行くようにしています。
90代の男性、Aさんもトイレの回数が多く一日に何度も呼ばれます。
自分で立ち上がる事は出来ても、歩くことは出来ません。車いすで移動します。
痴呆にはなって居られないので、自分が少し前にトイレに行った事を覚えています。だからコールで呼ぶたびに「ごめん…トイレ…」と申し訳なさそうにします。
「大丈夫ですよ。誰でも年を重ねればトイレの回数が増えるんだから。私の父親も何度も何度もトイレに行ってました(笑)」
と言うと、ありがとうという仕草をされ、少し微笑んでいました。
Aさんは、はっきりと話すのが難しい状態。
いつもよく何かを話されるのですが、殆ど聞き取れず…
「分からなくてごめんね。んー何かな… これ? トイレ? 違う?何だろう…」となってしまいます。
自分の言う事が私に伝わらなくても、ニコニコされ何度も同じことを繰り返し話されます。
そして伝わると、にこっとされ「ありがとう」という仕草をされます。
そしてある日、何度聞いても聞き取れず、「ごめんねー何だろう…?」となり
紙とペンを渡すと「てんいん」と書きました。
自分が転院するという意味。「え?いつですか?」と聞くと明日。
「最近は、長く病院で入院できなくて、3ヶ月程で転院するから…」というと、Aさんも分かっている様子。
「そっかー 寂しくなるね~」と言うと、Aさんも寂しそうに頷いていました。
Aさんの個室を出てから、今日の御言葉を思い出しました。
Aさんが転院されたら、私はもう、Aさんとは会う事はありません。
そしてAさんは、かなり高齢。
Aさんにも多分残された時間は限られており、私もAさんに会う時間が限られているのです。
Aさんと祈りたい…と言う思いが示され、
どのように祈れば良いのだろう。いつ祈れるだろう…
Aさんは個室だけど、基本的に高齢の方へは声を大きめで話すので、ドアを閉めていても外に丸聞こえです。
病室前の通路は、常にナースさんは行ったり来たりします。
「主よ。私の退勤まで数時間時間が与えられている事を感謝します。Aさんと共に祈りたいです。キリストを知らないであろうAさんと、どのように祈れば良いのでしょうか。一緒に祈れるタイミングがあるでしょうか」と
何度も祈りました。
悔い改めをしたい…でも多分、Aさんはキリスト教について、福音について何も知らない。
私が「Aさんの罪を許して下さい」と祈ったら、「罪」と言う言葉に、ビックリするんじゃないか…と思いました。
「主よ。私に必要な言葉を与えて下さい」と祈り
「今までの人生で犯してしまった過ちを赦して下さい」という言葉が浮かびました。
その言葉だけを握り、
「いつ、祈れますか?」と聞きました。すると目の前に2人のナースさんが通路で話し込んでいる姿を見ました。
あ…分かりました! 夜勤の人と日勤の人が業務の引き継ぎをするタイミング。
ナースさんは、患者さんの様子などを詳しく次の人に申し送りするのです。
その時間は、殆どのナースさんが詰め所に集まっているのです。
退勤時間30分前に、殆どのナースさんたちが詰め所に集まるのを見て、私はAさんの個室へ。
「Aさん~! 私もうすぐ仕事が終わり帰ります。明日は仕事休みなので、もうAさんと会えないかと思って挨拶に来ました」というと、
ニコニコされ、ありがとうという仕草をしてくれました。
「Aさん! 私ね。クリスチャンなんです!」というと
目を丸くして驚いた様子。
「クリスチャンって分かります?」と聞くと頷き、
「Aさんはクリスチャンですか?」と聞くと、首を横に振り
「仏教?」というと、少し残念そうに首を縦に振りました。
「私、Aさんと一緒にお祈りしたいのですが、祈っても良いですか?」と聞くと嬉しそうに頷き、目を閉じました。
「神さま。本当に感謝します。Aさんと一緒に祈れる事を感謝します。Aさんは明日、他の病院に行きますが、良い人に出会う事が出来ますように導いて下さい。
神さまがいつもAさんと共に居り、Aさんの心と体と霊を守って下さい。
神さま… Aさんが今までの人生で犯してしまった過ちを赦して下さい。
そしてAさんがイエスキリストを信じ、ずっと神さまと生きて行けますように。
神さまが、Aさんと共に居て下さり守って下さい。
主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン」
祈り終わると、いつも以上にニコニコされ、ありがとうという仕草を。
「Aさん、お元気で! 他の病院に行かれても祈っていますよ!」と
握手をして部屋を出ました。
祈れてホッとしたのと同時に、自分は何の準備も出来ていなかったという事に気付きました。
イエスさまについて、福音について、全く何も知らない人に対して。
また時間が本当にない人に対して。
どの様に導けばいいんだろう…
私は、時間は流れていんだ…と体感しながらも、何の準備もしていませんでした。
悔い改め、これからどのように導けば良いのか、祈っていこうと思いました。
示された事を、後回しにせず、その時に行動に移せますように…
主の声に敏感になれますように…
今日も主と時間を共に過ごし、主の声に敏感になれますように!!
「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」