その日、わたしは、わたしの民の住むゴシェンの地を特別に扱い、そこにはあぶの群れがいないようにする。こうして、わたしが地のただ中にあって主であることを、あなたは知る。
出エジプト8:22
シルバーウィーク!
私の仕事は、年末年始をはじめ、休日も関係なく出勤です。
連休前に、連休中の仕事を頼まれました。
「え……これ、1人でするの?」
と思えるほどの仕事量。
とりあえず、誰かがしなければならないことだし、
連休中は普段より病棟も落ち着いているだろうし……
「仕事の順序を考えよう!」と思っていました。
ところが、連休前の出勤で、
さらに大量の仕事を看護部長から頼まれたのです。
「え……前に頼まれたことだけでも、どうしよう……と思っていたのに💦」
その日、一緒に夜勤をしたナースさんに連休中の仕事について話すと、
「え……全部出来ます? ひど過ぎる…💦」
と言われました。
でも、結局はするしかない(笑)
やっぱり、仕事の順序を考えて効率よくやるしかない……という結論に。
しかし、私はかなり負担に感じていました。
しかも、今回の連休中、他の同僚と比べて私に与えられている仕事量は多い。
そして驚いたことに、
「同僚のAさんは、仕事量が増えていないらしい」
と聞いたのです。
どうやら、新たに仕事を増やすとAさんの反発が大きく、
そんなAさんと話をすること自体が精神的にも時間的にも負担になるため、
最初からAさんには仕事を増やしていないとのこと。
…普段の仕事も、私は同僚たちより多い。
頼みやすいらしい……。
「一生懸命働くって、どうなんだろう(笑)」
悪く言えば、私は「都合よく働く人」になっていないだろうか?
そんなことも考えていました。
そして、仕事の前日、夢を見たのです。
自分が働いている病院の中で迷子になり、焦っている自分。
目覚めて、
「私、今日の仕事をこんなにも負担に思っていたのか……(笑)」
と思いました。
イヤイヤ。
出来ることをすればいいだけ。
出来る限りすればいいだけ。
ストレスなんて受ける必要はない!
そう気持ちを整えて、出勤しました。
すると……
普段の夜勤は、ナースさん3人と助手1人。
ところが、出勤された1人のナースさんに発熱があることが分かり、
急遽退勤することになりました。
ナースさん2人と私。
「今日は本当に大変💦
どんな夜になるか分からないけど、
今日は本当に頑張って乗り切りましょう!!」
そう言って、3人で夜勤に入りました。
私は、自分が考えていた通り、連休中の仕事に取り組みました。
バタバタと四方八方走りながら、
「今夜は本当に終わるんだろうか?」
「明日の朝は、本当に来るんだろうか?」
と、互いに声を掛け合いながら。
一晩が過ぎる間に、いろんなことがありました。
夜勤が始まる前から、3人ともすでにオーバーワーク。
その上、夜中に私は他病棟へヘルプに入るように言われたり、緊急入院が入ったり。
想像をはるかに超える仕事が次々と課されました。
それなのに……
3人とも、定時で退勤。
「昨晩は、明日の朝、本当に家に帰れるだろうかって思ったよね(笑)」
と3人で話しました。
身体の体力はすべて使い果たしたけれど、
問題なく終えることができたのです。
帰りの電車の中、スマホを開いてみると、長男からLINEが届いていました。
「早天祈祷会を終えて空を見上げると、
カッターでスッと切ったような、不思議な雲。
出エジプトの時、神様がエジプトに災いを起こしても、
イスラエルの民のいる場所は
守られたということを思い出します……」
そんな言葉と一緒に、写真が送られてきました。
今日の見出しの写真です。
私たちの目には、右の空も、左の空も同じ空。
でも実際には、湿った空気があるところには雲ができ、
乾いた空気があるところには雲ができない。
山の多い場所では、空気が持ち上げられたり、
波のように上下したりすることで、
湿った空気と乾いた空気の境界が生まれるようです。
写真に写っているのは、
そんな目には見えない空気の違いによって生まれた境界なのです。
そして私は思いました。
前日に夢を見るほど、自分では思ってもいないところで、
気がつかないうちにストレスを感じていたけれど、
でも結局は、
いつもと変わらない朝を迎えることができました。
私たちには見えないところで、主は働いておられる。
長男が送ってきた写真を見ながら、
毎日、同じように見えても、
主の中では違いがあり、境界があるのだろう。
そんなことを思いました。
そして、そう思った時、私は自分自身の心を考えさせられました。
昨晩の私は、与えられた仕事をしながらも、
私の心には、不服が鎮座していなかっただろうか?
いやいや……
昨晩、私は主を思い出しただろうか?
「主よ、大変です。助けてください。」
「知恵をください。」
そう祈っただろうか?
私は、大変さにばかり目が行き、主を思い出さなかった自分に気がつきました💦
昨日の私を、主はどのようにご覧になったのだろう……。
また、ふと思いました。
同じ礼拝を捧げても、集まった一人ひとりの心は同じではありません。
同じ場所に集まり、
同じ賛美を歌い、
同じ御言葉を聞き、
同じ時間を過ごしていても、
主がご覧になっている一人ひとりの心は、皆同じではないはずです。
出エジプトの時も、同じエジプトの地に災いが起こりました。
けれど、イスラエルの民が住むところには、主が区別を置かれました。
目に見える景色は同じでも、主はその中に境界を置かれる。
今朝の雲を見ながら、私はそんなことを考えました。
雲があることが良いのか。
雲がないことが良いのか。
私には分かりません。
けれど、
「私はどちら側なのだろう」
ということよりも、
「主よ、今の私は、あなたの目にどのように映っているのでしょう」
と、自分の心を問われたような気がしました。
主は、私たちの置かれている場所や状況だけではなく、
その中で、どんな心をもっているのかをご覧になっている。
そんなことを、今朝の一枚の雲から教えられたように思います。
昨晩、私は
「仕事を終えられるだろうか」
と思いました。
でも、主は私が知らないところで働いてくださり、
私たちは無事に朝を迎えることができました。
守ってくださった主に感謝するとともに、
守られている者として、どんな心で歩んでいるのか。
今朝の一枚の雲が、
私自身の心を静かに考える時間となりました。
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)
