ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。
Ⅰ列王記11:4
病院で仕事をしながら、
「ハインリッヒの法則」というものを学びました。
ハインリッヒの法則とは、
重大な事故の背後には、29件の軽微な事故があり、
さらにその背後には300件の
ヒヤリハット(事故には至らなかったものの、
ヒヤッとしたりハッとしたりする出来事)があるという考え方。
つまり、重大な事故が起きる前には、
たくさんの小さな異変や危険の兆候が潜んでいるということ…。
大きな事故だけに注目するのではなく、
その前に起きていた小さな出来事を心に止め、
対策をしていく事が大切だという話。
この話を聞きながら、
今、第一列王記を読んいる私は、ソロモンのことを思い出しました。
1〜4章では「知恵を与えられたソロモン」、
5〜10章で王国がものすごく繁栄し、
11章でそのソロモンが神から離れていく…。
読みながらもソロモンが信仰を失う原因、きっかけ、理由は
何だったんだろう??と思っていたのです。
ソロモンは、主から知恵を与えられた王。
主が「何を与えようか」と尋ねられたとき、
ソロモンは自分のために富や長寿を求めるのではなく、
主の民を正しく治めるための知恵を求めた。
主はその願いを喜ばれ、知恵だけでなく、富と誉れも与えられた。
ところが、そんなソロモンが晩年には主から心が離れ、
ほかの神々に従うようになってしまった…💦
聖書には、こう記されています。
「ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と一つではなかった。(第一列王記11章4節)」
ソロモンは、
私より何倍も何百倍も、主の祝福を経験した人だったはず。
それなのに、主から離れてしまった…。
ハインリッヒの法則のように、
ソロモンも主から離れてしまうまでにも、
何か小さな変化があったのではないだろうか…。
申命記17章では、
イスラエルの王が妻を増やしすぎないようにと命じられていた。
その理由も明確。
「心がそれてしまわないように。(申命記17:17の趣旨)」
また、王は主の律法を生涯読み、
主を恐れ、主の命令を守るように教えられていた。
ところが、ソロモンは多くの妻を迎え、
莫大な富を蓄え、馬や戦車も増やしていった。
そして晩年には、妻たちの影響を受けて、
ほかの神々に従うようになったのです。
もちろん、富を得たことや結婚したことだけで、
すぐに主から離れたというわけではない…
主があらかじめ警告しておられたことを、
ソロモンは守り続けることができなかった…。
主から離れるという大きな結果に至るまでに、
主の言葉を少しずつ軽く考えるようなことがあったのではないだろうか。
私は夫と、普段からよくこんな話をします。
「ソロモンでさえ、主から離れてしまったのだから!
信仰を持ち続けるのって難しいよ!気を付けないと‼」
ソロモンでさえ、晩年に主から離れてしまった…。
そう考えると、私は、絶対に…
自分の信仰を過信することなんてできない!
「私は大丈夫」
「私はこれからもずっと、主を信じているよ」
「私は絶対に最期まで主を選ぶつもり!」
そんなふうに思っているときこそ、
自分の心を振り返る必要があるのかもしれない💦
祈る時間が少しずつ減っていないかな…。
聖書を読みながらも、
自分の考えを優先していないだろうか…。
小さな心の引っ掛かりを
「これくらいなら大丈夫」と見過ごしていないだろうか。
主よりも、人からの評価に満足してないだろうか…。
こうしたことが、必ず主から離れることにつながると
決めつけることはできないけれど…。
けれども、自分の心の変化に気づかないままでいることは、
信仰を振り返る大切な機会を失うことになるの可能性はある…。
信仰は、ある日突然失われるというより、
気づかないうちに少しずつ
主から離れていくこともあるのかもしれない…。
第一コリントの御言葉を思い出しました。
「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。(10:12)」
自分は大丈夫だと思っているときこそ、
気をつけなければならない。
ソロモンの生涯から、
私たちは学ばなければならない…。
これからも夫婦で互いに声をかけ合いながら(笑)
主の言葉に耳を傾け、信仰を持ち続けていきたい‼
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)
