正しすぎてはならない?【伝道者の書7:16】

2026年

あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。

伝道者の書7:16

私はこの御言葉を初めて読んだ時、ビックリしました。

どうして「正しい」ことがいけないんだろう?

もちろん、人の「正しさ」が、必ずしも本当に正しいとは限らない。

自分では正しいと思っていても、

実は正しくない可能性もある。

もしかしたら、

「自分の正しさを信じ切るな」という意味なのかな?

主の目から見れば、

私が「正しい」と思っていることが、

そうではないこともある。

そんなふうに考えていました。

もちろん、それもあると思います。

でも最近、この御言葉には、ちょっと違う意味もあるのかもしれない……

と思うようになりました。

私はPTAの活動をしています。

ある時、リーダーであるAさんとBさんが揉めました。

Aさんから、

「Bさんから、質問や苦情などが30個くらい書かれた文章が送られてきた。どうしたらいい?」

と相談されました。

すると今度はBさんから、

「Aさんとのやり取りを読んでほしい」

と、LINEの記録が大量に送られてきました。

間に挟まれた私(笑)

そして、2人から迫られるのです。

「ジャッジしてほしい!」

主よ……もう面倒……(笑)

私は「どうしたらいいですか?」と祈りながら、

2人と話をしました。

2人とも、どちらが正しくて、どちらが間違っているのかを

はっきりさせたいと言うのです。

私は「ジャッジなんで、そんなことをしたくないし、

するべきでもない」と言いました。

もちろん、裁判になるような問題なら別…。

でも、ここはPTA。

私たちの目的は、

子どもたちが充実した、楽しい学校生活を送れるように応援すること。
そして、楽しいPTAにしていくこと。

では、ここでジャッジしたら、最後に何が残るんだろう?

勝者と敗者。

そして、仲たがい。

もしかしたら、内部分裂。

それでは、私たちが目指しているものとは

あまりにもかけ離れてしまいます。

今回の件について分かる事は、

どちらか一方が100%正しくて、

もう一方が100%間違っている、

ということは、あり得ないと伝えました。

そして2人には、しばらく違う仕事をしてもらい、

少し距離を取ってもらい、

何かを共有しないといけない時は、私が間に入る事になりました💦

人間的な私の目から見ると、

実はこの2人、ある意味似ているのです。

どちらも自分の「正しさ」を強く主張する。

そして、自分の正しさを信じている。

2人に迫られたあと、

「これで良かったのかな……」

と考えながら、私はイエスさまのことを思い出しました。

イエスさまは、真理を語られました。

でも、人を論破して人生を歩まれたわけではない…!

姦淫の女の出来事でも、

「この人は罪人だ」「いや、罪人ではない」

と、裁判を始めたわけではない。

イエスさまは、

「あなたがたの中で罪のない者が、最初に石を投げなさい」

と言われた。

そして、人々の目を

「相手が正しいか、間違っているか」から、

自分自身の心へと向けさせられた!

「正しさ」そのものが悪いのではない。

でも、

正しさだけが前に出てしまう状態は、

決して良いものではないのかもしれない。

そんなことを考えました。

人々がイエスさまのもとに集まったのは、

イエスさまが「正しい人」だったからだけではない。

イエスさまには、

真理とともに愛があったからだと思います。

正しいことを言う。

それは大切。

でも、正しさだけでは、人の心は動かない。

正しさだけを追い求めていくと、

いつの間にか人を遠ざけてしまうこともある…。

そして何より、

私たち人間が「自分は正しい」と言い切ること自体、

本当はとても難しいこと。

「正しすぎてはならない。」

「知恵がありすぎてはならない。」

「なぜあなたは、自分を滅ぼそうとするのか。」

この御言葉には、

私がまだ気づいていない、

もっと深い意味があるように思います。

今の私には… まだまだ分からない💦

でも、

「自分は正しい」と思った時ほど、

少し立ち止まってみる。

そして、

「主よ、私は本当に正しいのでしょうか」

「この正しさの中に、愛はあるでしょうか」

と、問いながら歩いて行きたいな…

そんなことを、

今回の出来事を通して考えさせられました。

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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