愛が溢れる教会となるために【Ⅰヨハネ4:7-8】

2024年

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

Ⅰヨハネ4:7-8

病院の夜勤の仕事は、

看護師さんが3人~4人と、助手の私一人で14時間働きます。

夜の病院は静かなイメージがあると思いますが、実はバタバタです。

毎回、マラソンをしてる感覚がある位です。

夜眠れない患者さんも多く、

脱水、感染、炎症、貧血、薬物など、身体的な負担がかかった時に生じる ‟意識の混乱”である「せん妄(もう)」という状態の人がよくいます。

高齢者の痴呆の方がせん妄状態になると…大変です。

夜中でも叫びますし、掴んだり叩いたり、噛もうとします。

また自分が病院にいるという事が分からない方も多く、家に帰ろうとするのです。

そんな方が2-3人いる上に、他の患者さんが急変などすると本当に大変…💦

仕事が翌朝、終わろうとする時、バテバテな状態です。

しかし、その時の夜勤のメンバーによっては、見事な連携プレーで大変ながらも、笑いながら対応できたりするのです。

反対に、その日のメンバーにより、そんなに大変な患者さんが多かったわけではないのに、ぐったり疲れる日もあります。

言葉に棘があったり、自分の仕事以外は関与しようとしない人がメンバーに居たりすると、

仕事がスタートした時点から、気持ち的に疲れてしまうのです。

どちらも同じ場所・空間での仕事です。

しかし、メンバーによって達成感を感じれる事もあれば、変に疲れてしまい、何となく嫌な思い出仕事を終える事があります。

人って大切…

どの様な価値観を持った人が集まるか…

集まった人たちがどの方向を目指しているか…

この2つに、左右されるように思います。

これは、何処でも当てはまる話だと思います。

学校、職場、仲良しグループでも… そして教会も。

私たちは、どのような教会を求めているでしょうか。

‟愛溢れる教会” ではないでしょうか。

しかし残念ながら、実際には教会で傷を受けたり、問題が生じたりもしているのです。

そして教会を離れてしまう事もあるのです。

どうすればいいのでしょうか。

教会に集まる私たちは、同じ方向を目指しています。(キリストや天の御国)

悪を離れ、主を見上げて生きて行こうと願い、主を信仰しているのです。

同じ方向を目指し、同じ価値観を持っているにも拘らず、愛溢れる教会へ実現が難しい…

それは、多分「与える心」より「求める心」の方が大きいからではないでしょうか。

時々、クリスチャンの方で「初めて〇〇教会に行ってみたけれど、誰も話しかけてくれる訳でもなく…」と言うような話を聞きます。

私たち日本人は、習慣として「言わなくても分かる」「誰がみてもわかる」「普通に考えたら…」という

「空気を読む」という習慣があります。

私は初めてこの教会に来たのだから、誰かが声をかけてくれるはず…と思ってしまうのです。

もちろん、誰かが気付き声をかけれれば一番良いのかもしれません。

しかし、覚えておくべき事があります。

私たちの習慣には「言わなくてもわかる」という「甘え」の考えを持っているという点です。

愛が溢れる教会…

これは自然に出来上がる訳ではなく、愛を与える人と愛を受ける人がいるのではなく、

一人一人が、隣人に愛を与える人なのです。

教会はサービスを受ける場所ではなく、仕える場所です。

まず自分が、毎週誰かに声をかけ、愛を伝えるのです。

こち小さな心遣いとも言えそうな小さな努力が、

愛が溢れる教会へとなっていくんだと思います。

明日は、主日。

主日ごとに、今まで話した事がない人に声をかけたり、挨拶を交わしてみるのもいいですよね!

愛を貰えない…と呟く前に、自分が人にキリストの愛を流しているか…

もう一度、考えてみようと思いました。

「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」

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