心のメンテナンスをしましょう【Ⅲヨハネ2節】

2023年

愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。

Ⅲヨハネ2節

私は時々、自分の心のメンテナンスをしています。

特にこんな風にしたらいいよ!という教えを得た訳ではなく私の勝手な方法です。

私はタイミングを決めてはいないのですが、

数ヶ月に一回ぐらいでしています。

まず、自分が今、イエスさまに会ったらどうだろうかと考えます。

どういう行動をとるだろうか。

近寄る? 抱き付く? 平伏す? 隠れる?

そして、どんな話をしたいと思うか。を考えます。

その後に、プレイリストに保存しておいた自分の好きな賛美を、少し大きめの音で聞きながら祈りの時間を持ちます。

するといつも不思議なのですが、

涙が流れます。

特に日々の生活で何かあった訳ではないし、誰かに傷付けられたり、特に問題はないと思っている時期であっても、

涙が流れるのです。

多分、私たちは頑張っているんだと思います。

この時間を通して、知らず知らずのうちに疲れが溜まっている心、これ位大丈夫と思っていた出来事が思い出されます。

それを祈りと賛美と涙で自分から出すのです。

そして、もう一度、自分に問います。

「今、イエスさまに会ったらどうするか」

祈る前の答えと、祈ってからの答えを比べます。

これが、私がしている心のメンテナンスです。

イエスさまに会ったらどうするか、という問いは、私がクリスチャンになった頃から考えていました。

神さまが存在するのであれば、どうして私の人生にこんな理不尽な出来事が生じたのか、

どうして私が傷つく時に助けなかったのか。

あの時…! あの時… あれも!これも!

聞いてみたい事が多かったのです。

イエスさまを信じ、一旦自分の過去を主に委ねようとしました。

「イエスさまに会った時に聞けばいい」

「イエスさまに会った時、主が私に話してくれるだろう」と思い、

自分なりに自分の今までの人生を委ねたからです。

だから、信仰を持ったころは、

「イエスさまに会ったら、聞きたい事が山ほどある!」と思っていました。

今、イエスさまに会ったら、と考える時、

あれほど「聞きたい事が山ほどある!!」と思っていた出来事の数々…

1つも思い出せません。

何となく、あの出来事について聞きたいと思っていたんだろうな…とは思いますが、

今は別に聞きたいとは思っていません。

メンテナンスをしながら、どうしてだろう…と考えるきっかけとなりました。

聞きたいと思っていた事は、自分の人生の過去の出来事です。

過去は、昔も今も変わっていません。

理不尽な出来事は理不尽なままです。

しかし、自分の心が変えられているのです。

今まで生きてきて感じた怒りや悲しみ、痛み、苦しみ…を遥かに超える恵みと愛を頂いているからだと思います。

過去は変わっていなくても、「その過去には私の人生において意味がある」と思えるからだと思います。

主が私と共におられたのです。

主が良しとされ色々な出来事が私に起きたのです。

それを信じる事ができるようになった。からだと思います。

私はイエスさまに会ったら・・・

大きな声で「ただいま!!楽しかった!!」と言いたいです。

イエス様に「お帰り!!」「よく頑張ったね!!」と言ってギュッと抱きしめてもらいたいです。

これを想像すると私はニヤニヤします(笑)

この様に主のもとに帰りたい…と願っています。

この様に帰れるように祈っています。(最期まで良い信仰を持てるようにという意味です)

ちなみに、韓国にいる長男にlineで聞きました。

私「今、イエスさまに会ったらどうする?」

長男「今? 昨日だったら、抱き付く! 今日は謝る…💦」と返信が来ました。

あるあるですよね(笑)

今日も、主と良い時間を持てますように、祈っています!

「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」

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