見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
黙示録3:20
次男は学校に凄く苦手な男の先生が一人います。
話す時にも凄く緊張するらしく、用事があり職員室に先生に話しに行く時も「〇〇先生、ちょっとお時間宜しいでしょうか? 〇〇の事で相談があります。」と声に出して発声練習してから会いに行くそうです。
ちょっと注意された日は「明日、学校に行きたくない!!怖すぎる。明日先生と話をしないといけないと思うとストレスが・・俺のメンタルはもうボロボロ・・嫌すぎる・・明日休みたい!!」と。
長男もこの先生が苦手でした。
決して怖いだけの先生ではないのですが、今時の先生とタイプが違うのです。
生徒の良くないと思った考え方や行動をガンガンに攻め注意します。あまり先生に攻められる事に慣れていない子どもはビックリし怖く感じるのです。しかし出来た時は褒めてもくれる先生です。
他の先生とタイプは違っても、あの先生にも愛情があると言うのを説明しても、子どもにとっては初めにガツンと言われた事の記憶が大きくて、近寄りがたい先生になってしまったのです。
そうかと思ったら、凄く好きな先生もいるのです。
次男と一緒に学校に入ろうとした時、前から教頭先生が歩いて来られました。
次男は先生に気付き、私に「教頭先生さ、左手をこの角度まで上げて”よっ!おはよ!”っていうよ!」と言うのです。
教頭先生は、次男が言った通りの動作をされ次男に声を掛けられました。「な? 言った通りだろ?(笑)」と笑ってる次男に、先生が「何が言った通りだ?」と聞き、
「先生さー、いっつも声かけるの同じだわ。飽きたし、違うパターンで来て~」と言うので「先生に何言ってるの・・?すみません~💦」と私が言うと、
次男が「いいって~ 教頭先生は俺の友達だから!なっ先生!」と言って、先生も「そーなんですよ~ 友達なんです(笑)」と私に言ってくれました。
(この関係が良いのか悪いのかは別にして・・)
小学校の時から通っている学校です。次男は高1でこの学校に通って10年目です。
子どもは殆どの先生の癖も知っており、先生も生徒のタイプを把握しています。
しかし次男は1人の男の先生だけは、苦手で先生が何と言うか読めないそうです。この先生を苦手とする生徒は他にもいますが、しかし、全ての生徒がこの先生を苦手としてる訳ではないのです。
次男が「あーーー明日、あの先生に何て言われるだろ・・怖すぎる!!」と言うと、他の生徒は「〇〇っていうだろな」とモノマネをするそうです。
中学まではこの先生に担任も教科もお世話になった事がなかったのですが、高校になり担任であり教科の担当となったのです。
次男は高校に入学して1カ月程、何かにつけて「先生怖い。学校行きたくない!!」と言います。
この差はなんだろう・・と考えました。
結局は、相手とどれ程コミュニケーションを取れてるかどうかの差です。
仲が良く先生が何て発言するかまで分かっている先生にも、本気で何度も怒られたこともあります。
しかし、その後のコミュニケーションが良好だったのです。そして次男はその先生方が好きで、先生方も可愛がってくれているのです。
男の先生に一度ガツンと怒られ怖さを感じてしまったという経緯はありますが、それ以後、コミュニケーションを避けて来たのです。
コミュニケーションが取れているかどうかで、相手の事を手に取るように分かったり、ちょっとした言葉や態度で相手の「愛情」を感じたりもします。
しかしコミュニケーションが不足すると、緊張関係となり、ちょっとした言葉や態度が「誤解」を生む事もあります。
そんな事を考えながら、私は主とどれ程、コミュニケーションを取れているだろう。
私は主をどれ程の時間を過ごせてるんだろう。
主は、私の心の扉の外に居られます。
私が戸を開けるのを、主はいつも待っておられる・・
こんな事を黙想しながら・・
昨夜、遅くに友達から電話があり、久しぶりに長電話をしたのを思い出しました。
お互い熱く話し込んだのです。
それは愚痴や文句ではなく、建設的な話でしたが、知らず知らずに私の声も大きくなったようで、夫が目を覚まし起きてきました。
そして私の顔を見ながら、ニヤッと笑いジェスチャーで声を下げるように言ったのです。
私は「あーごめん💦ごめん💦」とジェスチャーで返したのですが。
今朝になって、「あ・・💦 昨日、私は友達と建設的な良い時間を持てたと満足してたけれど・・主を扉の外に立たせて話をしていた・・」
「勝手に満足して、”良い時間だった”と思っていたけれど、主は同席していなかった・・」と
今朝になって気付きました。
夫のジェスチャーで、冷静を取り戻し、主を思い出す事ができるチャンスまであったのに・・・
勝手に私は、「良い時間だった」と満足して眠りについたのです。
私は主が立って待たれている事を忘れ、どれ程、主抜きで考え発言し、満足までしてしまっているんだろう・・という思いが与えられ、
将来、主のもとに帰った時、主と共に自分の人生を振り返った時、私一人の足跡ではなく、主と共に歩んだ2つの足跡をどれぐらい残せてるんだろう・・と思うと
朝から悔い改めの祈りの時間を持ちました。
毎朝、「主よ。おはようございます。今日も私の心に入って下さり、私の心の王座に座り、私と共に歩んで下さい。私が主を置き去りにすることがありませんように」と祈る必要があるな・・と思いました。
今日も、主を心の王座にお迎えし、主と共に歩む一日をお過ごしください!
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。(ブログ2023.04.28~)
「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」