ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。
Ⅰコリント12:12
パートで行っている病院で、「フェイスシールドが足らない・・💦」と勤務中に連絡がきました。
今は無くてはならない必須アイテム。
今は、簡単に作る事が出来るキットの様なものがあり、仕事の合間合間に作っていました。
それが病院全体で足らなくなったのです。
急いで看護助手が会議室に集められ「1時間で集中して作って!」と言われました。
一つ作るのに急いでも40秒ぐらいかかります。
全く休みなしに作ったとしたら1時間で一人90個。集められた人は8名。という事は720個です。
・・そんな計算通り出来ません。1時間止まらず作り続けるのは不可能。
しかし結果的には1200個以上作れました。
始めは皆でモクモクと作っていたのですが、途中から流れ作業にしたのです。
作る工程を4つに分けて、2チームにしたのです。
1時間終わって1200個以上ある事が分かり、
「・・流れ作業って、最強!」と。
しかも、1人で作るより、流れ作業の方が楽しかったのです。
一人で全てをしようとするより、協力してチームワークを持ってするのが大きな力を発する!と改めて感じました。
互いに協力し、力を注ぐ方が大きな仕事をすることが出来るのです。
そして今日の御言葉の箇所を思い出しました。
私たちは体の一つ一つの器官であり、体は一つ。
フェイスシールドを作る一つ一つの過程があってこそ完成したように、体にある一つ一つの器官の役割が大切で、その役割があってこそ、1つの体となれるのです。
誰かが、「心」や「歩調」「目標」を合わせない場合、完成しないのです。
聖書を見ると、私たちは1つの体の器官に例えられています。
「神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです(18節)」とあるように、
私がどの様な役割を担う器官なのかは、主の御心によって決まるのです。
一人一人は「役割を与えられた器官」「役割を担う器官」「必ず必要な器官」「なくてはならない器官」だという事です。
一人一人が、違うものであって良いという事です。
一人一人の性格、特性、趣味、考え、個性・・それで良いという事です。
「フェイスシールドを作ろう!」と集まったように、働きはそれぞれであっても、目的は同じ必要性があるのです。
役割に違いはあっても、同じ方向を見ないといけないのです。
目的が同じ方向でなければいけないのです。
「星の王子様」を書いたサン・テグジュペリの言葉を思い出します。
「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。」
この今日の御言葉の「各器官の働きはそれぞれであっても体は1つ」という個所の話は、「教会の在り方」について例えて良く聞きます。
この聖書の個所、夫婦にも言えている様に思います。
夫婦それぞれ、担う役割が違う。
互いに、得意な事が違います。
気が付く事と気が付かない事も違い、
互いに不足な部分もあり。
心の傷も違います。
心の傷が違うという事は、怒るポイントも違うし、腹を立てるポイントにも違いが出てきます。
口癖も違いますし、考え方、受け止め方も違います。
夫婦も役割が違うのです。
しかし見る方向、向かう方向は同じ必要があるのです。
「家族円満」という課題に対しては、夫婦2人が「家族の目標」としては、まだ持ちやすい様に思います。
しかし、教会に集まるそれぞれの「家族」が一つの器官になれたら・・・
もっと良い働きが出来るように思いました。
そう思ったら、家族の救いって本当に大切です。伴侶だけでなく子どもも・・
自分の伴侶や子どもが救われ、互いに補いながら、自分の家族が教会で一つの器官となる・・・
自分の家族が主と出会い、変えられ、癒され、力を得れば、「家族円満」だけでなく「キリストの体の1つの器官」という、同じ方向性を持てます。
家族の救い・・本当に大切です。
関係が近い分、大変にも感じます。
しかし、一番の隣人として与えられている家族です。
今日は、家族の救いについて思い、祈る一日となりますように!!!
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。(ブログ2023.04.28~)
「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」