求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
マタイ7:7
私は時々、韓国ドラマを見ます。
韓ドラにハマってるというより
韓国語の聞き取りや、会話のテンポやキャッチボールなどを
学ぶのを一番の目的で見ています。
最近は夫の勧めで「浪漫ドクター キム・サブ2」を視聴。
今日、このドラマの中で
こんなセリフを聞きました。
「諦めた者は言い訳を探し、出来ると思った者は方法を探す」
「ん~良い言葉!」と思ったのです。
私の頭は、いつも何を探してるだろう?
思考回路が自動的に言い訳を探していないだろうか…?
方法を探す思考回路になってるだろうか…
と考えながらドラマを見ていました。
聖書にも似た言葉はあるかな…?と考えたのです。
一番に思い出したのは、今日の御言葉。
「求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。」
しかし、これは
何もせず、受け身で諦めるのではなく、
「求め、探し、行動しなさい」という御言葉。
…やっぱり、聖書の教えと世の教えは違う…
自己啓発的な発想であれば
「自分なら(方法を探す事が)できる」という
考え方になるような気がする…
しかし、聖書は一貫して
主を愛し信頼し、知恵を求め、
そして、与えられた状況の中で最善を尽くす…
という姿勢を重視している様に思います。
…いつも私は何を考えているんだろう…
私の思考回路は、主を基準とできているんだろうか。
「求めなさい。捜しなさい。たたきなさい。」
この御言葉は「頑張れば何でもできる」という励ましではなく、
まず主のもとへ行きなさい。
主に知恵を求めなさい。
主が備えてくださる道を探しなさい。
そして、主が開いてくださる扉を信じて、
勇気を持ってたたきなさい。
そんな招きなの御言葉だと思いました。
ドラマの言葉を聞きながら、
自分の心を見つめ直しました。
「主の御心」を求める前に、
自分の思いどおりになる方法を探してはいないだろうか…。
聖書の教えは、単に前向きに考えようということではなく、
「誰に信頼して歩むか」を問いかけているように感じます。
自分の力や能力ではなく、主に信頼しながら一歩を踏み出す。
その時、主は思いもよらない方法で
道を備えてくださることがあります。
もちろん、すぐに答えが見えないことも多々…。
何度祈っても扉が開かないように感じる日も多々。
それでも、
「求めなさい。捜しなさい。たたきなさい。」という御言葉は、
諦めずに…主との交わりを続けるようにと、
私たちを励ましてくれてるように感じました。
今日も、自分の思考回路が「言い訳」や「方法」ではなく、
まず「主の御心」を求める方へ向かうように…
そんなことを思い巡らせながら、
ドラマの一つのセリフから、
改めて御言葉の深さを教えられた一日でした。
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)
