中三の次男の信仰【Ⅱペテロ3:18】

2022年

私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。

Ⅱペテロ3:18

我が家には、中学3年の次男がいます。

今年の夏のキャンプで、初めて主を感じる体験をしました。

中学生なので、少し? まあまあな、反抗期です。そしてずーっと、スマホで動画を見るか、スマホでゲームをするか、スマホで漫画を読んでいます。また長男に心配されるぐらい次男はゲーム好きです。

まだ自分のスマホを持っていません。 家にいる時は、私のスマホを使ってます。

朝起きると、夫のスマホと私のスマホ、両方使って遊んでいます。1つは動画を流し、もう一つはゲームです。

次男に、色々な話をします。しかし、一度、スマホを手にすると、全く手から離すことが出来ません。次男も自分がどうしても手放せなくなることを自覚しています。

だから、自分のスマホが欲しいけれど、今の自分が、自分用のスマホを持つことは良くないという事を良く分かっています💦

そんな次男は、今年の夏休みに教会のキャンプに参加しました。帰ってきたときは、表情がスッキリしてました。

話を聞くと、「何か、、今回のキャンプは不思議な感じがした・・・ 賛美をいっぱいして、みんなで声に出して祈って、、自分も、声に出して ”イエスさま、助けてください、每日每日、胸がしんどいです。” と祈ったら、

祈りの途中で急に、胸がストン!と何かが落ちた感じになった。 何か、、何か、どうしようもない位、しわくちゃだった服を、キレイにアイロンして真っ直ぐにした感じ、、、胸がストン!としたら、急に心が軽くなって、急に解放された感が心にみなぎって、何か急に楽しくなった!」と。

「えー良かったーー!! それって、聖霊さまに心、触れられたんだよ!」と言うと、
「なんかその表現がピッタリくる、、」と言ってました。

それからは、次男は、毎週、教会に行くのを楽しみにしています。中高クラスにいてるので、高校生に楽器を教えてもらったり、凄く楽しいようです。

夏のキャンプ後、次男はどうなったと思いますか?

今も変わらず、スマホ2台を手放すことが出来ず、、、 日々、私は色々な話をしています。

以前と同じです。

そして、主日に教会に行くと、毎回恵まれて帰ってきます。今日は、こんなメッセージだったと話てくれ、これはこう言う意味? と聞いたりもします。

そして、夕食を食べ終わると、いつもの通り、スマホ2台持ちで止まりません。

人は簡単には変わりません(笑)

こんな話をしました。

「イエスさまを信じます」と信仰告白をした人は、必ず聖霊さまが与えられるんだよ。聖霊さまって、イメージとしたら「火」みたい。

一度与えられた、聖霊さま。その火は絶対に消える事はない。でも、火は自分の中で、大きく燃える事もあれば、小さく燃え続ける事もある。

「あれ? 火、消えてない??」って心配する時もある。でも火は絶対に消える事はない。

火が大きく燃えている時は、スッゴク楽しく感じ、主が共に居て下さると感じ、全てを感謝することが出来る状態。

でも、火が小さい時は、神さまっているのかな?と不安になったり、なんか教会に行くのも面倒になったり、何もかもが嫌になってしまったりする。

火の大きさと、心の状態は比例する。

大人も信仰生活を送る中で、自分の火が大きくなったり、小さくなったりする。火が小さくなった時は、賛美したり、聖書読んだりすれば、また火は大きくなってくれる。

でも・・・自分で火を小さくすることも出来る。

「どんな時に、自分で火を小さくしてると思う?」と聞くと、

「朝、デボーションしようと決めて寝たのに、明日からでいいか!と思ったり・・・楽しい事だけを求めたり・・・ とか?」と、分かっている様子(笑)

「今は、ちょっと神さまいらないかな~」って言う時が、大人でもある。自分勝手にしたい時。主に祈らないで、自分の思いで決めたい!って思ったり、

ちょっと神さまから離れてみたいとか思う事もある。今は、見ないで欲しいとか。

自分から離れなくても、人間は、自分の火が小さくなって、生きるのが苦しくなることが、絶対に信仰生活であると思う。どんな人でも。

だから、自分の心が「しわくちゃな服」のように感じたら、自分の心が少し主から離れてるかも・・って考えて見て。というような話をしました。

神さまについて、小さい時からよく話しました。

先日、次男が私のブログをチラッと見ました。「アリの巣観察キット」について書いたブログです。(12/2)

普段は全く見ないのですが、アリの巣の写真が目に留まった様子。ザっと簡単に読んで「お兄ちゃんにはこんな話するんだ・・僕はこんなこと教えられた事ないけど~」と言いました。

「今まですっごくいっぱい話してきたけど💦 一つぐらい覚えてない?」

「えー---全く出てこない」

「じゃ、この前〇〇で困った時、いっぱい話したよね? あの時、何の話したっけ?」

「あー-なんかイエスさまの話した!した!・・・なんやったっけ?」

「この話はずっと覚えててって言ったよね・・」「言ってた・・あー-この話はずっと覚えておいてって言葉は、今までに何回も聞いた気がする・・でもその先は何も思い出せない💦」

「お母さんも、おばあちゃんに沢山教えてもらったけど、覚えている事って本当に僅か。特に子どもってそういうものなの。でもお母さんがもう一度おばあちゃんの話を聞くことは出来ない。だから、あなたが忘れても後で思い出せるように、ブログ書いてるの」と言うと

「あざーす!」と言って、またスマホで動画の続きを見てました。

 

今日は次男の誕生日。15歳です。

時期的に毎年、期末テスト中で、今朝は3時に起きて最後の勉強チェック。

1人で起きると、すぐにスマホを手にして動画を見入ってしまいます。

テスト前ぐらいは・・と思いテスト期間中は一緒に起きています。

起きてしばらくしてから「あ、誕生日おめでとー-15歳!」と言うと

「遅っ!起きてすぐ言ってくれるのかと思った。今日、、神さまから命を授かった日だわ・・」と言いました。

ちょっとドキッとしました。

自分から「今日は神さまから命を授かった日」という言葉を軽くではなく、意味をもって話したからです。

子どもなりに信仰を持ち、その小さな信仰も主に守られ成長していってるんだな~と実感した瞬間でした。

私が次男の事を「小さな信仰」と表現しつつも、主から見たら私も「小さな信仰」。

主によって、今日も少しづつ成長できますように!

今日も、主の愛に包まれた一日をお過ごしください!!

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