自分の人生を嘆く必要はないのです【ローマ8:28】

2024年

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。

ローマ8:28

自分の人生を振り返ってみて…どうだろう。

あの人のあの一言がなければ…

あの時、信じていた友達に裏切られなかったら…

あの時、凄く勉強したのに、希望した学校に行けなかったから…

この親の元に生まれなければ…

この人と出会わなければ、

こんな事が起きなければ…

誰にでも1つや2つ、この様な事があると思います。

自分の人生にとって、足を引っ張るような出来事や存在。

これさえなければ、、、

私の人生は、もっと違った人生を歩んでいたはず。

これがなければ、自分の人生を豊かに過ごせたはず。

今目の前にある自分の人生を受け入れられず、

心を痛めているかもしれません。

しかし、もし私たちが自分の人生を考えた時、

あれさえなければ、あの人さえいなければ…

と嘆く必要がないのです。

聖書に書かれています。

モーセの人生。

誕生し始めは、主の豊かな守りを感じる人生でした。

しかし、自分なりの同胞を思う行動をきっかけに、

今までの生活を捨て、逃げ隠れする人生に変わってしまったのです。

逃げ隠れする時間…40年。

80歳になったモーセに自分の人生を立て直そうという

思いがあったでしょうか。

誰もが、このまま自分の人生は終わるんだと、諦めるのではないでしょうか。

しかし、主は80歳のモーセを選ばれたのです。

イスラエルの民をエジプトから率いる者と用いられたのです。

誰が80歳になった自分を、主がこのような歴史に残る大役として

用いると想像できたでしょうか。

ヨセフは、兄たちに奴隷として売り飛ばされ、

まだ子どもの時に、外国であるエジプトに連れていたのです。

もうこの時点で、自分の人生は終わったのです。

奴隷という事は、主人に仕える人生であり、

自分の人生を生きる事はできなくなったのです。

ヨセフは、自分に与えれらた仕事に忠実であり、

主にも主人にも喜ばれる生き方でした。

しかし、だからと言ってヨセフの人生は好転せず、

逆恨みという人の横やりが入り、

牢獄で過ごす事になるのです。

奴隷であり、犯罪者として社会に認定された人生になったのです。

もし、自分のヨセフだったら…

夢を持つ事は不可能です。外に出れるか可能背もなく、

自分の人生を悲しみ、

兄さえ自分を奴隷として売らなければ、

自分の人生はこんな人生ではなかったのに…と嘆くはずです。

しかし、奴隷として売られてから13年して、

主の時が満ちたのです。

一気に、エジプトでの総理大臣になったのです。

夢に考えたことがない人生があたえれたのです。

誰がヨセフのこのような人生の好転を考える事が出来たでしょうか。

今日の御言葉のように、

主は全てを益として下さるお方です。

自分の人生を嘆く必要もなく、

あの人のせいでこんな人生になった

あの人のせいで、自分の人生が狂った

あんな出来事さえなければ、私は幸せであった

あれさえなければ…と嘆く必要がないのです。

主は、私が考える事も出来ない程の大きな導きを準備されているのです。

神を愛する者には、主が私の想像を超えた

人生を与えて下さるのです!

自分の人生を嘆くのを辞めるべきなのです。

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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