イエス・キリストの12弟子 ~主に最も愛されたペテロ~【ルカ22:60-62】

2022年

しかしペテロは、「あなたの言うことは私にはわかりません」と言った。それといっしょに、彼がまだ言い終えないうちに、鶏が鳴いた。

主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う」と言われた主のおことばを思い出した。

彼は、外に出て、激しく泣いた。

ルカ22:60-62

 

「ペテロ」と聞いて何を思い出しますか?

ペテロは、イエス・キリストの12弟子のリーダーでした。リーダーだったと聞くと、しっかり者かと思いますよね。ペテロは凄く人間味が溢れる性格で、おっちょこちょいでした。

元の名はシモンで、イエスさまによって”岩”を意味する「ペテロ(ペトロ)」という名前を与えられました。(ヨハネ1:42) 元々は漁師であり、ガリラヤ湖で兄アンデレとともに、漁をしている時にイエスさまに「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」「人間をとる漁師にしよう」と、声をかけられ、最初の弟子となりました。

また、湖の上を歩いて来られるイエスさまを見て皆が驚き、「主よ、本当にあなたなら私に命令して水の上を歩かせてください」と言い、湖の上を歩き始めるが、強い風に気付いて怖くなった途端、湖に沈みかけてしまったのもペテロです。

イエスさまが弟子たちの足を洗った時、ペテロは恐縮し、「私の足を洗わないでください」と言いました。イエスさまは、「もし私が洗わなければ、あなたは私と何の関係もありません。」と言われるのを聞いて「主よ。私の足だけでなく、手も頭も洗ってください。」と答えています。(ヨハネ13:6-10)

イエスさまを十字架に掛けようと、捕らえに来た相手の耳を切り落としたのもペテロです。(ヨハネ18:10-11)

イエスさまに「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」と、ペテロの裏切りを予告を受けたペテロは、「一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません!」と答えています。しかし、「知らない」と3度目に答えた瞬間に鶏が鳴き、その瞬間、イエスさまが振り向いてペテロを見つめ、ペテロはイエスさまの予言が成就したことを悟り、外に出て激しく泣きました(ルカ22:47〜62)

その後、イエスさまは十字架にかけられて処刑され、3日目に復活されました。

そして、イエスさまは、ペテロたちの前にも現れたのです。ペテロを含む7人の弟子達が漁をしていると、イエスさまが岸に立っておられましたが、誰もそれがイエスさまだとは気づいていません。イエスさまがペテロたちに「舟の右側に網を打ちなさい。」と言われ、ペテロたちはその通りにしました。すると、魚が捕れすぎて網を引き上げられないほどになりました。

これはまさに、ペテロがイエスさまと初めて出会った場面とそっくりです!

その時、イエスさまだと気づいたペテロは、船が岸に付くのを待てずに、上着を着たまま舟から湖に飛び込みました。

ペテロはとても人間味があり、イエスさまが大好きで、思ったことを直ぐに口に出したり、感情を即座に行動する弟子でした。また、とても素直な性格だったと思います。

始めてガラリヤ湖でイエスさまと出会った時、夜通し漁に出て魚が取れなかったのです。心身ともにクタクタだったと思います。その所にイエスさまが現われ、「深みに漕ぎだし網を下ろしなさい」と言われたら、、、 普通だったら素直に従えないですよね。ペテロは漁のプロです。漁師でない人にそのように言われたら、、、どうですか? 私なら心の中で「採れる訳がない・・」と思うと思います。 ペテロはとても素直ですよね。イエスさまの提案を受け入れ、その結果、奇跡を体験したのです。

 

始めは頼りない弟子であったペテロ。 しかし、イエスが昇天されてからのペテロは、目覚ましい成長を遂げています。

ペンテコステによって、弟子たちの上に聖霊が降った後、ペテロはエルサレムの人たちに説教をしました。 ペテロの、大胆で力強い説教を聞いた人々は心を打たれ、1日で3千人もの人々が洗礼を受けたと記録されています。(使徒2:40-41)ペテロは様々な地で迫害にあいながらも、多くの人にキリストを伝えるようになったのです。

 

ペテロは、イエスさまに愛された弟子であり、イエスさまを愛した弟子でした。

イエスさまは、「イエスさまの変容(マタイ17:1-13)」や「ゲッセマネの祈り(マタイ26:36-46)」など重要な場面で、ペテロを共に連れて行っています。

イエスさまが使徒たちに、自分のことを誰であると信じているか、と尋ねた際、「あなたはキリスト、生ける神の子です」という際立った、そして確信に満ちた告白をしたのはペテロです。(マタイ16:16)

聖書には、他の11人の弟子よりも、ペテロの話が遥かに多く残されています。また、ペテロと他の使徒たちの名前が列挙されている場合、ペテロの名前は必ず最初に挙げられています。

 

イエスさまと同じ時代に生きて、12弟子に選ばれ、凄く大きな祝福を受けた弟子たち。

地上に生を受けた人々の中で、特に恵まれ、選ばれし人々だと思われがちですが、一番愛されたペテロを聖書を通して知ると、普通の人間の様な気がします。 むしろ、イエスさまは、自分の弱さを認める人間を用いて下さっているのが分かります。

「死ぬことがあろうと・・」と大きく言い放って、大きな失敗をしたり、ちょっと的外れな答えを言ってみたり。 何度となく軽率な発言をし、何度もイエスさまに正されています。しかし、ペテロは決して異議を唱えたりせず、謙遜にその矯正をその都度、受け入れました。

ただ、ペテロの素晴らしい点は、自分が違った方向に行ってしまった(失敗した)と分かった時には、自分の弱さを認め受け入れ、心から悔い改めているのです。

イスラエルの王様たちの歴史を見ると、始めは良き王として主の御心を全うしますが、途中信仰を失う王様が多いです。預言者たちを通して、主に咎められても、悔い改めず、間違った道を突き進み、生涯を閉じてしまっています。

私たちは、ペテロや、イスラエルの王様を通して、心に刻まないといけない大切なことがあります。

道を間違った時は、自分の弱さを認め、謙遜になり、素直に悔い改め、もう一度、主の道を歩むこと!!

絶対に、どのような失敗をしてしまっても、信仰を捨てない事!!

ペテロは、「死ぬことがあろうと・・」と言うのは大げさではなく、その時は本心だったと思います。ただ、思ってもないシチュエーションに出くわした時、瞬時に、裏切ろうという心ではなく、自己防衛の心が働いてしまったように思います。人間の弱さですよね。

どのようなシチュエーションに出くわしても、人生の最後まで信仰を持ち続ける事が出来るように、

今日も主との深い交わりの時間を持ちましょう!

タイトルとURLをコピーしました