信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。
へブル11:6
私たちは、一日の間にいくつもの選択をする。
今日のランチは何を食べようか、どの道を通って目的地に行こうか・・・など
深く考えずに習慣的に選ぶ選択もあれば、
人生を左右する決断をしなければならない選択もある。
私たちの「選択の基準」って何だろう・・・
最近、パスタを食べてないから久しぶりにパスタがいいな!
この時間帯はこの道は混んでいるから違う道にしよう。
将来、〇〇になる為には、やっぱり今この学校に進学するべき。
こっちの方が、有利になる可能性が高いよね。
この試験に合格すれば、一先ず安泰だ。
友達がこれを欲しがってたから、これをプレゼントしよう!
これからの将来を考えたら、やっぱりこっちが良いよね。
これ買おう! ずっと欲しかったんだ!
習慣的な選択、自分にプラスになる事、人に喜ばれる事・・
私たちが選択する時、そういった思いが交じり合って選択をしていることが多い。
私たちは、自分や人に喜ばれる人生を選ぶのではなく、神様に喜ばれる「御心」にかなった
人生を選ぶべき。
神様は、常に私たちをベストな人生へと導こうとして下さっている。
いつも良いものを与えたいと思われている。
自分の思いと神様の思い、自分の目と神様の目には差がある。(目に映ったものの価値)
大きな選択から日常の習慣的選択まで。神様に喜ばれる選択をしたい。
どうしたら神様に喜ばれる選択を出来るのか・・・
もし、私たちが深く神様と交わり、深い結びつきがある人生なら、何が神様に喜ばれる選択なのか
瞬時に知ることが出来る。
「深い結びつき」ってどういう状態?
神様が存在し、自分と共にいてくださっていると感じ、それが一番の喜びとなっている状態。