羊飼いの重要性【ヨハネ10:14-15】

2022年

わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。

それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。

ヨハネ10:14-15

 

聖書では、私たちを「羊」主を「牧者」とたとえています。

主は良い牧者だと書いてあります。

 

どうして羊に例えられているのでしょうか。

➀ 羊は群れで生活をします。人間も「人の間」と書くように一人では生きて行くことが出来ないのです。羊は群れから引き離されると多大なストレスを受けます。人間と同じように支えあって生きる社会に似ています。

② 羊は弱い生き物だと言われています。基本的に相手を攻撃するための牙や角、爪、足の速さなど武器を持っていません。人間と同じです。強いと思っていても、ストレスや試練に襲われるとたちまち精神的にまいってしまいます。

③ 羊はストレスに弱く臆病な性格です。ちょっとした物音にも敏感で逃げてしまうそうです。

④ 先導者についていく性質を持っている。羊は羊飼いが居る事に安心を覚え、安心して食することが出来るのです。私たちも本能的には神を求める思いを与えられています。

 

自分を誘導して守ってくれる羊飼いが居ても、雨が降る日もあれば、風が強い日もあります。狼などの外敵が襲ってくる時もあるのです。羊飼いが居ても毎日何事も起こらず平穏な生活ではないのです。

これは、私たちも同じです。イエスキリストを信じ、主の導き通り人生を歩んだとしても、雨が降る日もあれば、台風の日もあります。思いもよらないトラブルに巻き込まれる時もあり、人によって傷付けられる時もあるのです。

 

ここで重要なのは、自分の羊飼いから目を離さないという事です。

羊が何かに驚いて、一目散にその場から走って遠くまで逃げたら、自分の群れを見失ってしまいます。本当に迷子になってしまいます。

何が起きても、群れから離れず、羊飼いに助けを求める事が先決です。

私たちも同じです。主と言う羊飼いの元に居ればいいのです。自分の力で外敵と戦おうとする前に、羊飼いである主に助けを求めるべきなのです。

 

私たちは、目に見えるものに意識も心も奪われています。

目に見える状況に右往左往してしまうのです。

しかし、一番大切なことは、主に意識を集中するということです。どのような状況であっても自分の目で見て判断を下すのではなく、主の目で見てもらい、今ある状況の本当の姿を知るべきです。

これは、訓練です。

頭で分かっていても、なかなか出来ないことです。 かなり意識をして主を呼ぶ訓練を繰り返す必要があります。

これが習慣となれば、多少の出来事に心奪われることが無くなります。

「私には完璧な羊飼いが居て下さる」と、ドンと構えれるようになるのです。

今日も、私たちの羊飼いを意識しながら一日を過ごしましょう!

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