信仰の落とし穴③【詩編119:105】

2022年

あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

詩編119:105

 

信仰の落とし穴・・・

忙しすぎる日々、しなくてはならない事が山積みの時。

この様な時も、なかなか主との時間をじっくり取れず、仕事や目の前にあるしなくてはならない事柄に振り回され、主を思い出すことが少なくなってしまいがちです。主と距離が出来てしまいがちです。

反対に、

特に波風はそんなに立たない日々。毎日のすることは同じようなルーティーンが決まっていて、特に大きな問題もなく過ごせている状態も、実は「信仰の落とし穴」があります。

単調な日々は、穏やかな様に感じますが、毎日のルーティーンなので、特に何かを考えるという事がありません。ですので、思考を鈍らせてしまうのです。特に困った事もなく、思考が鈍くなりがちになると、心が動きにくくなります。 日々、主を呼ぶという事を忘れがちになってしまいます。

人は、必要に駆られないと動かない事が多いです。平和すぎると、危機感がなくなりますので、反対に主を呼ばなくても生きていけるのです。

主を呼ばない平和な日々に、どっぷりと漬かっていると、特に主は必要なくなってしまいます。いつの間にか、心が離れてしまうのです。

そうなると、耳から目から入る情報は、毎日決まって見るテレビであったりインターネット。自分を勝手に刺激し、思考を少しずつ自分の思考を変化させていくのです。この世界の価値観へと本当に少しづつ移行していきます。

自分の中心(主)が分からなくなります。道を失ってしまうのです。

知らない間に主との距離が空きすぎてしまうのです・・・

 

日常に問題が無く、平和であるというのは喜ぶべき事ではありますが、

サタンの誘惑やこの世の価値観などは、音を出さずに近寄ってきます。

平和であるという状態も、信仰生活、気を付けるべきです。

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」と聖書にあるように、

私たちの人生の道しるべは、主にあるのです。聖書を読みましょう!

タイトルとURLをコピーしました