それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。
詩篇90:12
月曜の朝、カバンの中に薬局に持って行くのを忘れている
処方箋を見つけました…
「あ…またやってしまった!」と思いつつ
日付を確認すると、前日が処方を出してもらえる最終日だったのです。
夫の受診で病院に行った後、
バタバタと忙しく、薬局に行けず…
「んー4日の間に処方箋出せばいいし、大丈夫だろう…」と思ったのです。
病院の帰り道、いつ薬局に行けるタイミングがあるか考え、
「明日、家を出た時に薬局に行こう!」と思いながら帰りました。
そして予定の明日は、バタバタで薬局に行けなく
「…と、いう事は明日行かないと! んーあのタイミングで行くか!」と思い、
そこからこの処方箋を思い出す事がなかった…
という事に気が付きました。
昨日の朝に処方箋を見ながら、
日常の色々な事で、するべき事も記憶すらなくなっていってる…と思いました。
処方箋を見つけた後、聖書を読みました。
そして昨日のブログ「ペテロに与えられた1時間」を書きました。
ペテロの失敗の話を通して、
私はペテロと同じように、主が与えて下さった1時間の中を
今、生きているのではないか?
日常の色々細かい事に気を取られないで…
今、考えるべき事を考える必要があるのではないか。
と思ったのです。
しかし、実際は、処方箋を忘れるぐらい、
思考が、次から次へとくる出来事に支配されているのです。
いつから薬局に行かないと!という事を忘れているんだろう…
と考えをめぐらすと、
次の日にはもう存在さえ忘れているのです。
…主の伏線を感じます。
まず、昨日の朝に、
私がどれ程、日常の色々な事に心が支配されているか、
処方箋の存在さえ、簡単に、短時間で忘れてしまう状態であるという
認識を気付かせたのです。
そして、聖書通読からペテロの話を通して、
私は今、最後のチャンスである1時間の中で生きているという事。
今、色々な事から手を放し、
主への信仰について、生き方について
考える必要があるのです。
自分の人生を俯瞰してみる必要がある時間。
主は本当に素晴らしい…
最近、私は「俯瞰して物事を見聞きし、思考できるようになりたい」と祈っていました。
そして、私に処方箋さえ忘れている事に気付かせ、
どれほど日常の出来事に振り回されているか気付かせ、
そして御言葉を通して
更に一層、自分の立ち位置、置かれた状態に気付かせたのです!
日常生活の中にも、主の伏線があります。
もっと主に対して、敏感にキャッチできるようになりたい…!
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)