私にとっての黒歴史【伝道者の書3:1】

2024年

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

伝道者の書3:1

時々、私はこんな事を聞かれます。

「どうして韓国に留学したの?」とか

「韓国か~良いな~羨ましい!良かった?」

私にとって韓国留学は、辛い時間でした。

その中でいくつか、忘れられない場面があります。

一つ目は、

韓国の教会に所属している時に

教会の中で、中高生を集めて20人ぐらいの日本語の授業を持っていました。

文法の説明をしている時、

ある一人の子どもが「質問!」と手を挙げました。

「獨島(竹島のこと)は何処の国のもの?」と聞くのです。

「え?今?授業中に??」というと

そこにいた子どもたちは、私が何というのか

前のめりで聞きたい!という姿勢なのです。

そして子どもたちは、口々に日本の竹島に対する認識について

話し出したのです。

私は驚きのあまりに、何と答えたのか記憶にないのですが…

この時の子どもたちの私を見る目…印象に残っています。

また、

ある時、百貨店の中にある郵便局へ行きました。

読まなくなった本を日本の実家に送ろうと思い、

送付主と受取人に自分の名前を書きました。

するとそれを見た受付のおじさんが

「お前!日本人か?」と大きな声で聞いたのです。

私は「あ…始まった…💦」と思いつつ「はい」と答えると

「ワシは日本も日本人も大嫌いだ‼」と大声で言い、

日本に旅行で行った時の話を始めたのです。

簡単に言えば「からまれ、喧嘩になり殴られた話」です。

それを大きな声で話すのです。

始めは私は心の中で「私は今、あなたにからまれてるんだけどな(笑)」と思っていのですが。

人の多い百貨店です。

おじさんの話が耳に入り、人だかりができたのです。

ふと気付くと、後ろから「だから日本人は…」「本当に酷い話…」という言葉が聞こえてきます。

そして、そんな否定的な言葉が、段々と大きな声に変わって来たのです。

怖くて後ろを振り向く事が出来ませんでした。

今、どれ位の人が私の後ろにいてるんだろう…

背後から、誰かに殴られるんじゃないか…と感じました。

その時は…

「せっかく日本に旅行に来てくれたのに、申し訳なかったです。

おじさんを殴った人に代わり、謝ります。代わりに私を殴って下さい。いいですよ。殴って下さい」

おじさんは「…殴れるわけないだろ…」と言ったので、

私は逃げるようにその人だかりから離れました。

私の去る姿を見て、人々が私に指をさして、日本に対して悪く言いました。

それともう1つ。

教会で毎週、会議がありました。

大きな教会で、担任牧師、副牧師、伝道師、事務員や教会の食堂で働く人、警備員など

教会で仕える人が50人ほど集まるのです。

その会議に私も出ていたのですが、

多分、その時期、韓国の人にとっては日本の対応が気に食わないニュースが話題となっていたと思います。

その時、私は何かを報告しようと、会議中に立ち報告をしました。

そしてそれが終わって、立っている私に、ある人が「ところで最近のニュースどう思う?」と聞いたのです。

50名程人が一斉に私に注目したのです。

段々と、日本に対する不満や反日感情が、聞こえてくるのです。

そしてその声は段々と大きくなっていきました。

私は1人、その中で立っており、皆が私を見ながら不満をぶつけるのです。

この場がどの様に終わったのか、記憶にないです(笑)

でも、会議中ずっと怖かったし、ずっと泣きたかった。

会議が終わり一人部屋に入って泣いたのは覚えています。

泣きながら「私は、何処に行っても、こんな事ばかりです。

ここにはどこにも、私の居場所はありません。

私には、教会の中にも居場所がないのですか?」と怒り混じりに祈りました。

本当に、何処に行ってもこのような(簡単に言えば)

嫌な思い、恥ずかしい思い、怖さを感じる思いを沢山しました。

道を歩いていて、すれ違いざまに道を聞かれ、

私が日本人だと分かると、罵倒されました。

バスに乗っていても、スーパーでも、

タクシーの中でも、神学校の中でも…

…凄く辛かった。凄く怖かったし、凄く孤独だった。

でもある時、分かったのです。

イエスさまも、人々からこのような目でみられ、

罵倒され…

人々はイエスさまを見ながら、

何か文句を言える点、陥れる話題がないか探しているのです。

もちろん私が経験したものは、イエスさまが経験されたほどには及びません。

しかし、私は少しイエスさまの気持ちが分かるように思いました。

今までは聖書を読んで、ゴルゴダへ向かわれる

イエスさまは群衆に罵倒され、唾をかけられ、叩かれたという事実。

字面での理解だったのです。

私は、人々が自分をどのような目で見たのか覚えています。

その時の気持ちも覚えています。

しかし、私は実際に、唾をかけられていないし、

叩かれてもいない…

そして鞭打ちも受けておらず、

十字架の苦しみもしらない…

私は、ほんの少しだけ… 僅か少しだけ…

字面ではない、主の気持ちが分かった様に思えたのです。

そのことに気付き…

この3年半は「主が私に与えられた祝福の時間」だと分かったのです。

主が私に特別に与えられた恵みの時間。

主が私に、ご自分の思いを少しだけ共有して下さったのです。

…私は1997年に韓国へ行き、3年半いました。

今と違って、韓流という言葉がない時代。

また韓国では携帯電話ではなく、ポケットベルだったのです。

留学中に携帯電話(ガラケー)が出回りました。

つまり、ネットがそれほど充実しておらず、SNSがない時代です。

今と違って「お祈りお願いします」という一言さえ、

国債電話か手紙だったのです(笑)

私は誰にも弱音を吐くことが出来なかった時間。

私の文句や泣き言を聞いてくれるのは、主だけだった時間。

私は、本当に毎日のように泣き、泣きながら祈っていました。

しかし、この時は分からないのです。

どうして今、自分がこのような状況に身を置いているのか。

どうして自分の身に、この様な事が起こるのか。

どうしてこんな辛い時間を過ごさないといけないのか。

…求め続け…

「主の時」が来た時に、分かるのです。

実は「主からの恵みの時間」だったと。

後で分かるのです。

渦中では分からない…

そう思ったら…

主を信じるって凄い‼

もし、私が主を信じていなかったら、

私は凄く「嫌韓」になっていたはずです。

韓国について、韓国の人について、悪口が止まらない人間になっていたはず(笑)

もう二度と行きたくない国になっていたはず。

そして、この3年半の時間は、私の人生の「黒歴史」となるのです。

しかし、主の名を知る者は「特別な祝福の時間」だと知ることが出来るのです。

同じ時間、同じ経験でも、

「黒歴史」にも成りえるし

「特別な祝福の時間」にも成りえるのです。

主を…信じた方が良い…‼

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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