『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6:24-26
日々の生活を振り返ってみよう。
朝目覚めて、今日の予定を思い巡らさないだろうか。
「今日は〇〇をする日」「今日までに〇〇をしないと!」
「今日はスケジュールが詰まって忙しい一日」「明日の為に今日準備をしておこう」
「今日は〇〇してから、ついでに〇〇も終わらせよう」
私たちは日々、とても忙しく一日をスタートし忙しいまま一日を終えている。
主との交わりも時間を気にしていないだろうか。
「今日はちょっと聖書は読む時間がないけどお祈りだけしておこう」
「今日はちょっと簡単にしておこう」「手短に・・・」
主との交わりは大切だと分かっていながら、どうしてこうなってしまうんだろう。
私たちは「時間」に支配されているからだ。
時間は、私を、この世界を支配しているから、私たちはその支配下で生きて行くしかない。
「いつまでに〇〇と〇〇を終わらせないと・・・」という生活になってしまっている。
自分が時間に支配されているという事を意識をもたないと、
忙しさに埋もれて生きて行ってしまう。
主との交わりを忘れて生きて行ってしまう。
時折、時間は私たちを窮地に追い込むこともしてくる。
どうしたらいいのだろう・・・
主も時間の支配下に存在するのだろうか? 主は時間を超越された方。
唯一時間を支配下に置ける方である。
私たちは目の前のことに振り回され過ぎである。
自分が時間の主人になるべきである。自分が時間をコントロールしないといけない。
私たちが、時間を超越されている主に集中し、日々交わることにより
時間からの縛りや強要は減っていく。
私たちは一日24時間という時間の中で生きており、そこから抜け出すことはできない。
ただ、時間に支配されて生きるか、時間をコントロールし支配する側になるかは選ぶことが出来る。
忙しいほど、主の御顔をあがめるという事を記憶しないといけない。
主と交わり、平安と喜びを持った状態で、一日を過ごそう。
そうすれば、時間に追われた生活ではない、時間を過ごすことができる。