何てことにない日常に主が居られます【Ⅰペテロ2:24】

2023年

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

Ⅰペテロ2:24

今日は傷について記録したいです。

以前から、この事も書いておきたいな・・と思いつつ、忘れかけてました💦

もう何年も前の話です。

友達が家に遊びに来ました。一緒にご飯を食べようと準備しながら話していました。

そしてレンジで温めていた耐熱容器を手にした時、友達が「これどうしたの?(笑)」と聞くのです。

耐熱容器、ふたの部分が一部変形しているのです。

「あ、これ(笑)? 私さーこの耐熱容器凄く好きなんだよね~」と話し始めました。

私が結婚して直ぐに、母親がタッパーウェアのセットをプレゼントしてくれました。

その中にこの耐熱容器が入っており、凄く重宝していました。

そしてある日、母親に「ちょっと貸して」と言われ、「なんとなく割りそうな気がする・・嫌だな~貸すの・・」というと「絶対に割ったりしないから!」といい「これスッゴク気に入ってるから・・絶対に割らないで」と言い渡しました。

そして次の日・・・母が耐熱容器を返しに来てくれたのですが、変形してるのです💦

「え・・どうして?」と聞くと「ごめん!ごめん!間違えてオーブンレンジのオーブンの方、押してしまって・・(笑)」と笑いながら申し訳なさそうに謝っていました。私はプレゼントで貰った物でありながらも、口には出しませんでしたが、凄く腹が立ったのです。

その顔を見て母親が「タッパーウェアは蓋だけ購入できるから・・蓋だけ買い直す・・」と言い。

後日電話があり「蓋が・・蓋だけなのに結構高いのよね~(笑)・・悪いけど、そのまま使ってもらってもいい?」と。

私は不機嫌に「・・分かった」と電話を切りました。それからこの耐熱容器を使う度に、残念な思いでため息が出ていました・・・

友達に「あの時は、声に出して怒らなかったけど、私はスッゴク腹を立ててだんよね~ でも今は、この変形した容器を見る度に母を思い出すし、”あれ程、気を付けて!って言ったのに、どーしてオーブンの方を押したのかな(笑)”とクスっと笑えるし、母を思い出すものを1つ残していってくれた事を嬉しく思ってる(笑)」

「不思議だよね~ この容器の傷は変わってないのに、あの時は見る度に腹が立って、何年も残念な思いで一杯だったのに・・・今はこの傷が愛らしく感じる」と言うと、

友達がボロボロと泣きだしました。

友達は幼い時に母親を亡くしていて、お母さんとの記憶が少ないのです。

しかし微かに残っている記憶。母が私に買ってくれたと聞かされていた物や、写真を通しての母親の記憶。

どこかで「自分を置いて行った」という思いが、小さい時からずっとあったのです。

だから、記憶に残っている物を見る事に辛さを感じていたのです。

友達は泣き続け・・「私も母親になって、やっと自分の母親が私を置いて行ったわけじゃないって分かってる。今は、自分の母親はどんな思いで旅だったんだろうって思うと苦しくなる」

「・・でも今日からは、”愛らしく見る”ようにする・・私に残してくれたものだから」と言いました。

その言葉を聞いて、私もボロボロと一緒に泣きました。

私の証とも言えない、母の思い出ばなしを通して、友達のずっと抱えていた思いが溶かされていくのを感じました。

友達の心が溶かされていくのを見ながら、

母と私の間に起きたこんなにも小さな出来事にも意味があり、その意味が何年も経った今、友達に働かれたのか・・と思うと、私ももう一段階、母親の死に対して癒しが増すのを感じました。

人が聞いたら、なんて事もない小さな出来事の話です。

しかし私にとってまだこの時期は、私は母親の死に対する心の痛みがあり、気軽に母親の話をする事が出来ませんでした。

でも何故かこの時は、母親の話を思い切ってしてみようと背中を押されたかのように、話したのです。

10年程前の、小さな出来事を通して・・主が働かれたのです。

主は、傷で傷を癒すのです。

イエスさまは、十字架に架かられた後、ご自分の傷ついた手とわき腹を弟子たちに見せました。

弟子たちはずっと記憶したのではないでしょうか。

ぽっかりと穴が開いてしまった手。

自分が傷つけてしまったイエスさまのわき腹。

イエスさまの傷を目にし、自分の罪深さと罪赦されるという実感を、持てたのではないでしょうか。

弟子たちはイエスさまの傷ついた手を記憶しながら、イエスさまが天に帰られてからも、主の弟子として生涯を走り切ったのではないかと思います。

また同時に・・イエスさまの手は、まだ傷付き穴が開いたままです。わき腹にも傷が残っています。

イエスさまもご自分の手を見ながら、私たちを哀れみの思いで見られているんだろうな・・と思います。

キリストの打ち傷のゆえに、私たちは癒されているのです。

今日も、主の愛に満たされ主と共に歩む一日をお過ごしください!

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。(ブログ2023.04.28~)

「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」

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