鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる。
箴言27:17
昨日のブログの補足です。
私の言葉足らず、説明不足ですみません。
私は、リモート礼拝を否定するつもりは全くありません。
約3年前にコロナが始まり、教会に集まる事が難しくなった時、多くの教会がリモートに切り替える事が出来ました。
これは本当に感謝です。
リモート礼拝が出来たからこそ、礼拝を守る事ができ、また信仰が守れました。
教会には色んな方が居られ、教会に行きたくても体調的な面や、体力的な問題、仕事の関係など色々な理由で、礼拝に参加できない兄弟姉妹がいます。
リモート以前にも、礼拝を動画で取って教会に来れない人に送ったり、また仕事の関係で国内外に出張が多い為、ラインで礼拝をテレビ電話にして礼拝を捧げている方もいらっしゃいました。
また、家族の反対があり教会に通う事が出来ない状況で、リモート礼拝で守られている方もいらっしゃいます。
私の母親は、昔、父親の反対で教会に行けず、礼拝をカセットテープに録音した物を聞いて、何十年も家庭礼拝をして信仰を守っていました。
リモートが発達して、今まで教会に行った事がない方が、礼拝に参加して信仰を持たれた方もいらっしゃいます。「教会は、敷居が高いと感じていたけど、リモートを通して、自分の信仰の門が開かれたと思う」と言われていました。
リモートを否定したり、必要ないとは全く思っていません。
リモート礼拝は必要だと思っています。
ただ、私が思ったのは、
私の友達のように、単に「リモートの方が楽!」と感じて来てしまっている方が多くなってきてるように思います。
日本はまだまだ、コロナ対策をしてますし、第8波の恐れもあります。屋外ではマスクなしでもOKと言われていても、マスクされている方も多い状況です。
一方、海外では、コロナは風邪やインフルエンザ扱いになって、マスクを外して過ごしている国もあります。
しかし、その様な国でも、生活が日常に戻りつつある状況の中にあっても、教会には戻って来ないクリスチャンの方が増えてしまっているのです。
「教会に信徒さんが帰って来ない」「3年前のリモートが始まった時、リモート礼拝の出席率が良かったけれど、1年、2年と時間が過ぎる度に、出席率が下がってきている」と言う話もよく聞きます。
便利、楽・・という思いが、教会離れ、信仰離れに繋がりそうな気がします。
また、教会は礼拝を捧げるだけでなく、信徒同士の交わりも大切だとお話ししたかったのです。
決して、リモート礼拝を軽く考えてはいません。
私の言葉足らず、配慮足らずな文で、嫌な思いをされた方、申し訳なく思っています。
すみません・・・
今日も、主の中で豊かな一日をお過ごしください!