主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。
ミカ6:8
「主と共に人生を歩む」これは主が望まれている私たちの在り方である。
残念ながら、私たちの信仰に波がある事が多い。
神様の臨在を感じれた時もあれば、何も感じない時もある・・・
もし、今主の存在を感じないのであれば、臨在を感じた時のことを思い出そう。
あの時は良かったな!と思わないだろうか?
自然と自分の内から沸き起こる喜び、安心感と幸福感に包まれた感じ。
もう一度、その状態を手に入れよう。
主の前に行き、主と交わる。一日に何度も主を呼んで語りかけてみる。
主は私たちと一緒に人生を歩み、常にご自分を心の中心に置かれていることを望まれている。
という事は、あの内なる喜びや安心感、幸福感に満たされた状態でいることを望まれている。
主はそれを望んで居られるので主との距離感を縮めるのは不可能ではない。
どうして出来ないのだろうか。
私たちが主に集中していないからだ。
祈っていても他の事を考えたり、聖書を読んでも頭で違うことを想像したり・・・
この世の中には主と私とを引き裂くもの、邪魔をするものが多く存在する。
それは目に見えた人からの誘惑だけでない。
日々の出来事、「今日の予定」「明日の準備」「今日の天気」「今日の献立」
「あ、あの人に連絡しないと!」・・・ 些細な事でも祈りの邪魔をする。
こんな些細な事さえ、聖書に集中できないようにしている。
それだけでなく、テレビやインターネット、SNS・・・
色んなものが私たちの頭と心を支配しようとする。
人の意見や情報が、主の道から私を違う道へと連れて行こうとする。
完全にシャットアウトして主と向き合わないといけない。
私は最近、立ったまま聖書を開き、大きな声で読むようにしている。
私たちは日々、主に集中する訓練を自分に課さないといけない。