矛盾だらけの私の祈り【使徒12:5】

2026年

こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために熱心に祈り続けていた。

使徒12:5

使徒の働き12章を読みました。

ここに出てくる「ヘロデ」は

イエスさまが誕生した時の「ヘロデ王の孫」であり、

バプテスマのヨハネを殺した「ヘロデの甥」。

ローマ皇帝に認められた、ユダヤの王なのです。

12章に書かれているヘロデは、

ヤコブ(ヨハネの兄弟)を剣で殺しています。

またヘロデは、それを見たユダヤ人たちが喜んでいるのを確認しています。

さらにペテロを逮捕し、

過越祭後に公開処刑するつもりだったのです。

ヘロデは、

表向きは、律法を守り、神殿を尊重する

敬虔なユダヤ人。

しかし

彼は、ユダヤ人の心をよく知っていて、

支持を得るために宗教を政治利用するタイプの王だったのです。

12章にはヘロデの最期が書かれています。

ヘロデは民衆の前で演説したのです。

すると、民は「これは神の声だ。人間の声ではない!」と

ヘロデは、神に栄光を帰さず

その称賛を受け取ってしまいました。

結果的には、

主の使いがヘロデを打ち、虫に噛まれて亡くなったのです。

改めて、

この世で強く、権力者に見えても、

主の前では一瞬…

自分よりも遥かに弱いと思っているものにさえ、

いのち奪われるのです。

しかし、使徒の働き12章が伝えているのは、

ヘロデの「この世の栄光の終わり」だけではなく、

むしろ、この章で強調されているのは

「教会の祈りと、主の介入」だと思います。

ヘロデがペテロを捕らえたとき、

教会は政治力も軍事力も持っていませんでした。

彼らにできたのはただ一つ。

…「教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。」

祈りは、弱い者の最後の手段ではなく、

主の力が動き始める ‟最初の扉” なのだと感じさせられました。

ペテロは厳重に監視され、

鎖につながれ、兵士に囲まれ、

物理的には完全に ‟終わっている状況” 。

けれども主は、そこに御使いを遣わし、

鉄の門さえもひとりでに開き、

ペテロを救い出されました。

人間が「もう無理だ」と言うところで、

主は「まだ終わっていない」と言われる。

そして、私が何より心に残ったのは、

解放されたペテロが教会の家に行った時の場面です。

彼らは必死にペテロの救いを祈っていたのに、

実際に主が答えてくださった現実を目の前にして、

すぐには信じていない…💦

「そんなはずはない」と言ったり💦

「それはペテロの使いだ」と言ったり…💦

でも… その姿はどこか私に似ているように思います…

祈りながらも、

心のどこかで「答えられないかもしれない」と思ってしまう…

しかし主は、

私たちの信仰の小ささよりも… 大きく働かれるお方…

この章の最後には、こう書かれています。

「しかし、神のことばはますます盛んに広まり、広がっていった(使徒12:24)」

ヘロデは、

人を殺し、教会を脅し、恐怖で支配しようとしました。

でも結局、残ったのはヘロデの権力ではなく、

主のことばの前進‼

この世の権力は、強そうに見えます。

声が大きく、圧があり、逆らえないように感じてしまいます。

しかし、主の国の歴史は違う…。

権力者がどれだけ強く見えても、

主の御手の前では一瞬。

そして教会は、

武器ではなく祈りで戦い、主のことばは止められない。

私たちの人生にも、

「ヘロデのような現実」に見舞われる事があります。

理不尽、圧力、恐れ、思い通りにならない状況。

でも、使徒12章が語っているのは、

「教会は祈ることができる。

そして主は働かれる。

そして、みことばは止まらない。」

今日もまた、

私も、祈りの場所に戻りたいと思います…

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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