善を行うことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。
へブル13:16
聖書を読んでいて、今日の御言葉に出会いました。
善を行なう事と、持ち物を人に分ける事を怠ってはいけない。
主はこのような「いけにえ」を喜ばれる…
善を行なう事や、自分の持ち物を分ける事は「いけにえ」…
「いけにえ」って何だろう?
旧約の時代では、主に近づくために捧げる動物や収穫物。
罪の許し、感謝、交わりの為、祭司を通して神殿で捧げられた。
今は、新約の時代。
イエスさまの十字架が「完全で最後のいけにえ」となられた。
よって動物などの捧げものは不要。
思い出す御言葉は
「自分のからだを、神に喜ばれる聖なる生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ローマ12:1)」
いけにえ = 礼拝
という事は、
善を行なう事と、持ち物を人に分ける事は
主への「礼拝」
日常が「礼拝」となる…。
日曜日に教会に通い共に捧げるものだけが「礼拝」でなく、
何を考え、どのような行動をするのか
どのように生きるのかも「礼拝」。
今日の御言葉の「持ち物を分け与える」と言う言葉を見て
思い出した話があります。
世界には、世界中の人たちが食べれる穀物が収穫されている。
と言う話。
世界中の人が十分に食べても、余る位の量が収穫されているそうです。
しかし、実際には穀物不足で飢餓が起きています。
原因として、世界中の1/5より少ない人々が、
世界中の穀物の4割を消費している…。
日本もその1/5の人々に含まれています。
世界の人口の2%しか占めない日本。
穀物の総収穫の10%以上を日本が輸入してるそうです…💦
日本の輸入の6割は「とうもろこし」
家畜のえさとして輸入しているのです。
より美味しいお肉を求めて
草ではなく穀物で家畜を育てているのです。
つまり、ある国では主食になる穀物を、家畜に与え
その肥えた家畜を私たちが食べている…
私たちの一食の食事は、実は1人前ではない…
穀物だけを考えても、
世界平均の5倍の消費をしているのです💦
主は、世界の人が食べていける穀物を与えられている…
それを考えた時、
主は、私たちに託されているんだと思います。
主は私たち人間に、必要なものを十分に与えられ、
それをどう用いるか、どう分かち合うかを見られておられる。
しかし、私たちは私たちの常識や価値観で
生きてしまっている様に思います。
必要だから買う。
自分の無意識な行動が、誰かに影響しているかもしれません。
常に記憶しないといけないんだと思いました。
善を行なうこと。
自分の持ち物を分け合う事。
持ち物は、目に見えないものを含めて。
これらは単に「良い行い」というのではなく
主への「礼拝」であるという事…。
私の日常のひとつひとつが、
主にささげる「いけにえ」となり、
「礼拝」として生きていきたい…。
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)