たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。
ヤコブ2:26
最近、主との関係はどうですか?
主を近くに感じますか? それとも、「主は共に居られるって言うけれど・・どうしたらそんな風に関入れるんだろう?」と思われますか?
それとも「以前は、スッゴク近く感じたけれど、最近は全然・・・」と言う人も、多いような気がします。
どうしたら、主を感じる事が出来るのでしょうか?
聖書を読む、賛美を捧げる、祈る、クリスチャンとの交わり、聖書の学び・・・
この様な事は、とても大切です!
そして、凄く大切な事があります。
自分自身を見つめ過ぎない事です。自分にフォーカスし過ぎてないでしょうか?
自分の目の前にある問題、自分の不安、自分の傷・・・ 自分の事だけでも両手から溢れるほど、主に解決して欲しい事柄があるかもしれません。
しかし、私たちクリスチャン、信仰者、神の子ども、キリスト者は、自分にフォーカスし過ぎてはダメだと思います。
主が望まれる信仰とは、私たちが自分ではない他の誰かに、手を差し伸べる時に生かされるのです。
自分の手元に溢れる沢山の祈りの課題、解決したい問題ばかりに気を取られて、自分の手元ばかり見て祈っていてはダメなのです。下(自分の手元)を見て祈るのではなく、遠く(自分の隣人)を見て祈る必要があるのです。
困ってる誰かに、関心を持ち、手を差し伸べる思いで声を掛け、共に祈っていく必要があります。
祈りは顔を上げて下さい。顔を上げて遠く(自分の隣人)の為に祈るのであれば、自分の手元の祈りの課題も見えてくるものです。
顔を上げて遠くの為に祈る祈りを、主は聞かれるのです。 遠くの為に祈る私たちの心もご覧になられるのです。
自分の事にフォーカスし過ぎるより、顔を上げる祈りの方が、主との関係が良くなると思います!
今日からは、自分の為の祈り以外の祈りも時間を費やして下さい!
近くに居るお友達、同僚、上司、、、私たちの生活で出会う人は、自分の隣人となる人です。
主が私に送られた人々です。私たちが福音を伝えるように、出会いを与えられた人々なのです。
自分の周りにいる隣人の為に祈り、またそれができるようになったら、もっと顔を上げて祈りましょう。
日本の為に、世界の為に・・・
顔を上げて祈れば祈るほど、自分の手元、自分の事はもっと簡単に見えてきます!
今日から、自分に与えられた祈りの対象者の為に、祈り始めましょう!
勿論、毎日です!!