イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』マルコ12:29-30
今日は絶句をする程…驚きを与えらえた一日でした…
わが家は今、夫婦と高2の次男の3人で住んでいます。
この次男、金曜の学校終わりから教会に行き、
土日も一日教会で過ごしています。
週末が楽しくて仕方ない様子。
そして、超教派の礼拝などを通して、
他教会とも少しづつ繋がりを持ち、一層楽しい様子。
駅から自宅までは少し離れており、
帰って来るのも遅い日は23時頃になるので…
私は車で駅まで迎えに行く事が多いのです。
駅で待っていると「ありがと~!」と車に乗ってきます。
そして耳にはイヤホン。
教会を出て、電車の中、車に入るまでYouTubeを見ているのです。
そして私が「今日の礼拝どうだった?」とか
「今日の賛美のリードどうだった?」
超教派の礼拝に行った時は
「どんなメッセージだったの?」など聞くのですが
その度に「凄く良かった‼」「マジで良かった‼」
「凄く恵まれた‼」「本当に感謝‼」と言います。
そして会話は終わるのです。
私「え、もっと話してよ~」と言ったら
次男「ごめん、ちょっと疲れてるから!ちょっと休みたい!」と言ってYouTubeを見るのです。
そのような思う事、そのような行動を理解できます。
しかし、私は何度か次男に話しをしました。
韓国に住む長男と、次男は6歳差。
次男が小学校を卒業する前に兄は韓国に行っているので、
兄にとっては弟の思い出は多くあっても、
次男にとって記憶出来ている思い出は少ないはず。
先の事は分かりませんが、
少なくとも長男と一緒に住むという事はこれからはない可能性があります。
大学院まで行かないと牧師にはなれないし、
結婚したらと考えると、時々家に帰って来ることはあっても、
一緒に住む事はない…
しかし、長男は親が心配している事を分かっています。
だからLINEや電話をある程度こまめに送って来るのです。
…次男も高校を卒業したら、家を出る可能性もあります。
家族であっても、兄弟であっても
関係性は互いの努力が必要!と話しています。
関係性は会話が必要。
交わりなしに良い関係を持ち続ける事は不可能に近い。
だから、自らが家族の絆を強くしようと意識しないと
絆は深くならない。兄弟も同じ。
こまめにラインをしたり、電話をしたり、会話をするという努力をしないと
良い関係、深い関係を持つ事はできないんだよ…
と言うような内容の話。
しかし、次男の態度は変わることなく…
高校生だから仕方ない…と思いつつも、
私は諦められないのです。
強い良い関係を保ちたいと思っているのです。
しかし、今の次男に懇々と話しをしたとしても逆効果になるだろう…
次男が理解するまで、次男が必要と感じるまで時を待とう…
と思う反面、
私たちはいつ主に呼ばれるのか分からない存在。
時を逃して後悔しなかったらいいな…と思っていました。
そして、会話をしない次男にもどかしさを感じていました。
しかし、そんな次男も私を必要とする時があるのです。
…困った時です。
「生徒会でこんな問題について会議をするんだけど…
どのように説明したらいいと思う?」
「こんな時はどうしたらいい?」
「プレゼンするんだけど、どんな内容が良いと思う?」
そして時には
「先輩にこんな事言われた!メンタルボロボロ…」などと言う話。
心が騒ぎ、落ち着かない。早く解決したい問題。
しかし、私が聞く限り、大した問題ではない…
特別な問題ではなく、十分に起こりえる問題。
深刻な問題ではなく、そこまで心を奪われる必要がない問題。
しかし、次男にとっては大問題。
私にとっては小さな問題であっても、次男にとっては大問題。
という事は、大問題として受け取り、
次男の上手く言葉にならない話を聞く必要があるのです。
そして次男は私に相談しながらも
私が「そんなに心を痛めなくて大丈夫!」と言えば
問題を軽視した!分かっていない!と怒るのです(笑)
次男は問題がある時は、なかなかのエネルギーを私にぶつけてきます。
そして数日後、
私「あの先輩とはあれからどうなったの?」と聞くと
次男「解決した!」とか「(問題なく)終わった!」と一言。
私としては、どのような会話をして、
どのような過程を経験したのかを知りたい…
しかし、その話は聞けないのです。
次男にとっては、もう解決した問題。
それらを振り返るより、今目の前にある事柄に心を向けたいんだと思います。
最近、次男な自分の進学について寮生活を考えているようです。
そうなると、次男も高校を卒業したら、
もう一緒に住む事はなくなるかも…
いつかは子どもたちは結婚をしたら家庭をもつので
一緒には住まなくなりますが…
今の状態のまま、家を出れば、家族の関係が薄くなりそう…と思っていたのです。
今日、仕事の帰り、
次男を思い出し、祈りながら帰っていました。
「神さま、時を逃し次男が後悔する事がありませんように」と祈っていたら、
「あなたも後悔しないようにね」と言う言葉が
心に響いたのです。
「え?私? 私は良い関係を持てるように努力してるけど…
もどかしく感じても私が諦めたらダメだから…」
と思っていると…
私が次男に感じているその思いが、
私に対する主の思いだと気付いたのです💦
え…
私は次男が気付くのを待ってたはず…
でも本当は、私が気付くのを主が待ってたの?
主が私を待ってた?
時を逃さないように…‼って思いながら?
私が望む親子や家族の絆…
主も私とそのような絆を望まれていたって事?
私も次男と同じで、
困った時には凄いエネルギーで主に頼り、
自分の思いをぶつけ…
自分の願う通りに解決に向かわないと、腹を立て…
頼む時だけ「主よ!主よ!」と言い、
それが解決したら、
その過程を分かち合うのではなく「ありがとう」の一言で
主との交わりに終止符を打つ。
主と私との関係も、どちらか一方の思いだけでは成立しない。
互いが、真剣に絆や交わりを求めないと…
良い関係を作り上げる事はできない…
自分の困った時だけ、口を開き頼って来る次男に対して、
私は、突き放す事はせず、
親としての役目を果たすといった最低限の態度をとらなかった。
良い関係。単なる家族の枠を超え、キリストの家族として
良い深い関係を持ちたいと願っていました。
次男の成長に合わせて、時を待ったのです。
主も、そのような思いで私を待っておられた。
「まだLB(私のこと)は気付いていない」
「まだLBは、私との深い関係の重要性に気付いていない」
「しかし、私は力であなたを私に向けるのではなく、
あなたが気付くのを待つよ…」
「私は無理やり、あなたを私に振り向かせる事はしない。」
「だってあなたはまだ気付くには、まだ時間が必要だから」
…この様に言われている様に感じました。
ここ数年、成長過程の次男に対しての思い…
それは主の私に対する思いだったのです…
今日、気付いたのです!
私は、今日やっと主の思いを感じる事が出来ました。
本当に私と良い関係、深い関係を気付きたいと思っておられること。
そして、その関係を持つ為に、主はずっと待っておられた事。
後は、私の応答が必要だという事。
自分が次男に望んでいたように、
私は主に応えようと思いました。
主との深い関係を持ちたい…‼
私はこれからは、何よりもまず、
主の手を取ろうと思います…‼
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)