その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。
彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先に水を浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』
アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。
そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えてくることもできないのです。』
ルカ16:23-26
先日、病院の夜勤の仕事をした時、
一緒に勤務になった看護師のAさんがこんな話をされました。
A「私、韓国に行った事あります~! 子どもが小さい時、船で行った事あるんですよ! 凄く楽しかったです! 船で行くのも良いですよね~」
私「へーそうなんですか~! 私も子どもが小さい時、船で行きたい!と言われ、船で韓国に行っていた時期がありました~。船も良いですよね~ 」
と、船での楽しかった話をしました。
すると
A「でも船の中、暇じゃないですか?何をして過ごしました?」というのです。
船で行く場合、船中で一泊するのです。
私「私たちが行ってた時は、まずお風呂に入りました。空いている間に済まそうと思って」というと
A「え? 船の中にお風呂ってあるんですか?」
私「え?ありますよ。大きいお風呂が…」
A「そうだったんだ…知らなかった💦」
私「次に、船のデッキに上がってwelcomeドリンクを飲みに行きました」
A「えーそんなのあるの知らなかった!」
私「そして夕方になったら、レストランでご飯食べて…」
A「えーーレストランでご飯食べたんですか? あれって高くないんですか?高いと思って、コンビニで適当に済ませたんですよ!」
私「夜は、マジックショーだったり、カラオケ大会だったり、チェロの演奏だったり、何かイベントしてますよね~ 子どもたちはこれが楽しみにしてました!」
A「そんなの全く知らなかった…」
私はAさんに、何年前に行ったのか、どの様な部屋を予約したのか、金額など話を聞くと。
船代に食事代が含まれている金額を払っていました。
イベント参加は無料だし、welcomeドリンクも無料。お風呂も無料。
A「今までは結構、韓国行きの船旅は楽しかったと思ってたのに…
あれは何だったんだろう…(笑)
本当は、もっと楽しめたはずなのに…(笑)」
という会話。
なんか「聖書に出て来そうな話」だと思いました。
決められた金額を支払っていたので、食事をする事ができたのです。
そして、チケットの代金に含まれている色々なサービス。
お風呂、ドリンク、ショーなどを楽しむことが出来たのです。
それはチケットを購入した人へ、与えられるものとして決まっているのです。
私たちの創造主である主に、自分の罪を告白し、許しを得れば、永遠の命と神の御国への切符が与えられるのです。
チケットを買えば、サービスが約束されているように、
主を信じれば、永遠の命、罪の赦し、神の御国は与えられるのです。
しかし、チケットを買っても知らない(信じていない)可能性があるのです。
私の目には、Aさんの船旅は何処が楽しかったんだろう?と思いました。
皆がレストランでご飯を食べているのを横目に、
コンビニでおにぎりかパンかカップ麺を食べていたのです。
お風呂に入って汗を流し、くつろぐ事もできたのに、
一晩、不便な思いで過ごしたのです。
船上のデッキでドリンクを飲んでくつろげたのに、
日が暮れ、デッキに出ても夜景を楽しめない時間帯には、
楽しいイベントがあったのに…
でも、Aさんはそれらがなくても「楽しかった」のです。
しかし、色々な事が出来たんだと知った今…
「楽しかったと思っていたけど、もっと楽しめたのに…」と残念に思うのです。
自分に与えらえている権利が、どのような物なのか、知っていたら…
主の救いも同じ。
主を知らなくても「今でも十分楽しい」と思っているかもしれません。
もしかしたら、主を信じていても
「主の祝福」や「主の恵み」を知らないかもしれません。
主の「祝福」や「恵み」を知らずに過ごしてしまっているかもしれません。
Aさんがお風呂に入れず、何となく不快に思いながら過ごしたように
祝福や恵みを得ることが出来ず、
フラストレーションを感じながらも、
信仰を持っても「こんなものだ」と、
それ以上を望むという事をしないかもしれません。
もっと良いものがある! という事を
いつ知るか…が大切です!
Aさんは「次、船で行く時は、全てを利用して楽しみます‼」と言われていました。
しかし、もしAさんが、
もう二度と旅行に行けない位の病であったり、
怪我をした後に知ったとしたら、
もう、韓国行きの船旅は楽しむ事を経験する事はできないのです。
それと同じで、
私たちも「いつ知るか」が大切なのです。
取り返しのつかない時に知ったら…?
聖書に出てくる、お金持ちとラザロのように。
お金持ちは、自分が地獄に行ってから、天国があると知りました。
もうその時に知っても、時すでに遅し…なのです。
主を信じるのは、今です!
主の祝福を貰うのも、地上で生きている間だけなのです!
このチャンスを逃してはいけないのです…
PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)