私たちの信仰の問題点【ホセア6:6】

2025年

わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

ホセア6:6

新学期が始まった時、

数名の保護者に「次男くんの教科書ちょうだい!」と

言われました。

次男が通っている学校は、兄弟で通っている家庭が多く、

制服や教科書など、あげたり貰ったりが普通。

譲ってあげた保護者から

「教科書ありがとう!GW中にしっかり読ませる!」と返信が来ました。

私は心の中で「教科書を読ませるんだ~」と思いました。

そして思い出したのです。

頭の良い子どもって、新学期になって新しい教科書を

数回読み込むという話を聞いた事があります。

教科書を始めから終わりまで、数回読み込むことにより

内容を理解してから授業を受けるようにしているという話。

そうする事によって、授業が凄く頭に入るようです。

教科書で全体像を掴み、内容を理解してから

授業で深め、他の教材などで知識を定着させる。

しかし多くの子どもは、教科書を読まずに

初見で授業に入る。

全体像が分からなく、理解が乏しい中、

成績を上げようと問題集に取り組んでしまう。

すると、分からないまま問題を解くことになり

一層「わからない…」となるという話。

…信仰に似ている様に感じました。

私たちはも、学生が教科書から読むように、

まず聖書を読まないとダメなのです‼

聖書を読んで、主がどういったお方なのか、

どのような価値観をお持ちなのか、

主が言おうとする事が何なのか…。

体系的に理解しないといけないのに…。

私たちは、その全体像を掴むという事を省略して

応用問題を解こうとするのです。

そう考えると、私も「教科書を読まずに授業に出て、

応用問題ばかり解こうとしている子」と

変わらないのかもしれない…と思いました💦

御言葉をしっかり読まずに、

日常の中で起きる出来事に

「信仰的な解釈」をしようとしてみたり、

説教で聞いた一部分だけを頼りにして、

自分の問題に対する答えを出そうとしたり…。

信仰という土台が出来ていないのです💦

主は私たちに「わたしを知りなさい」と

何度も語ってくださっています。

それなのに、私はどれほど主を「知ろうとして」いただろうか。

改めて、日々の生活の中で、

まず聖書を開き、読むことを大切にしたいと思わされました。

御言葉を通して、主の価値観やまなざしを感じ、

もっともっと…主を知っていきたい…‼

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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