身勝手な信仰⑥【イザヤ55:8-9】

2025年

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。―主の御告げ―
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

イザヤ55:8-9

家の近くのスーパーに行く道中。

「ちょっといつもと違う道を通ろう…」と思い、

自転車で少し遠回り。

小さな公園を通ったのです。

そこに、小学校1年生ぐらいの男の事が1人。

どうみても様子がおかしい…

「ボク~ どうしたの? 何か困ってるの?」と声をかけると

ボロボロと泣くのです。

「どうしたの?? どこか痛い所ある??」と聞くと

「ない!」と言いながらボロボロと…

「誰かに嫌な事されたり言われたの?」と聞くと

泣きながら、何と言っているのか分からない状態。

分かった事は、自分がふざけて野良ネコを追いかけまわしてた?

それを見た上級生が「ネコに嫌な事をしたら、

呪われて明日〇ぬ!」と言われた様子。

それを信じてしまって、

怖くなってどうしていいのか分からない状態だった様子。

自分より年上のお兄ちゃんのその言葉を、信じてしまったのです。

「え…大丈夫よ! 絶対にそんなことありえないから!」と言っても

私の声は彼には届いていない様子。

大丈夫、大丈夫と言い続けて、

少しずつ落ち着きを見せました。

どうやら、ずっとこの公園に居てるネコらしく

彼は公園に来るたびに追いかけていた様子。

「そっかー。これからも追いかける?」と聞くと

首を振りました。

「ネコちゃんも、ボクと同じように怖かったかもね…」

「一緒に謝る?」と聞くと

首を縦に振りました。

「ネコちゃん~ いつも追いかけまわしてごめんね~

これからは追いかけないから許してね~!」と私が言うと

「これからは追いかけない…ごめんね…」と言い、

謝ったからか、段々と落ち着いてきたのです。

「絶対に大丈夫だからね。心配だったら、

お家帰ってからママに聞いてごらん」というと

「ママに言ったら怒られる。

ネコを追いかけてたって言えない…」と言うのです。

誰にも相談できない状況に、大きな不安を一人で抱えていたのです。

何故なら、自分で何となく「いけない事」をしていたという自覚があるから。

だから余計に、

高学年のお兄ちゃんに痛い所を突かれ、

信じ込んでしまったのです。

暫く話をしました。

これからは「これは良くない事」と思ったら

しないようにしよう!

「これは良くない事だな…」と感じるのは

神さまが与えてくれた心だという話をしました。

この子どもと別れ、

スーパーへ行く道中。

私たちも同じだなと思いました。

ウソを信じてしまう所…

何か物事が上手くいかない時、

願っている方向に向かない時、

道を塞がれたように感じた時、

主の御心じゃないと思う。

また、主は私を祝福して下さらないと感じてしまう。

反対に、思ってもない道が開けた時、

願い通りに話が進んだ時、

主が祝福して下さっていると思う。

自分の祈りを聞いて下さったと感じる。

つまり、自分の心が肯定的になれば、

主の思いも肯定的だと思い、

自分の心が否定的ならば、

主も私に対して否定的だと感じる。

自分の人生で起こることを通して、

主を解釈しようとしてしまう…。

自分の環境、状況により、

主の状態を推し量ろうとする…。

…もしかしたら、道が塞がれたのは主の御心かもしれません。

主の御心は、自分の感じる通りという場合もあると思います。

しかし、

私は、あまりにも、自分中心に主の御心を考えている様に思えたのです。

主が中心でなく、

私の気持ちが中心。

私は何処までも、自分中心な身勝手な信仰…💦

PS. 今日も、心を込めて一言、心の中でお祈りお願いします。「主よ。あの土地が私たち(LOVE BIBLE)に与えられますように!」(ブログ2023.04.28~)

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